*st. valentine's day*

特別な貴方に

ほんの少しの特別をこめて…





2月14日

いわずと知れたバレンタインデー。街はみんなそれ一色に染まり、皆心躍らせていた。
甘いチョコレートと共に、これまでずっと秘めていた想いを、伝えるために。


そんな陽気な雰囲気漂う街中を一人で歩いていると、すぐ横の喫茶店の窓側の席に見慣れた人達がいるのが目に入った。
三人がボックス席に一対二で向かい合わせに座っていて、なにやら楽しそうに話している。
そのうち一人がこちらに気付くと元気よく手を振ってきた。
こちらも手を軽く振って返事を返すと、他の二人も気付いたらしく一緒になって手を振ってくれた。
近くに駆け寄るものの、 店の内と外じゃ声が通らないため簡単にジェスチャーで挨拶を交わす。
すると、一人が時計を指差し、片手で輪を作って問いかけるようにこっちを見た。
多分「いま暇?」と聞いてるのだと思ったから、首を縦に振った。
答えたとたん、 「じゃぁ…」と笑顔で手招きした。一人につられて他の二人も一緒に手招きする。
改めて要約するまでもなく「今暇ならこっち来ない?」ということで、
こっちは「喜んで!」という意味を込めて笑顔で頷いた。そして足早に喫茶店の入り口へと足を向けた。


「こっちこっちー」
店内に入ると、一人が入口近くまでわざわざ迎えに来てくれた。
短く真上に突き出た耳と長い二つ分けのお下げが特徴的な彼女。巷で有名な歌って踊れて司会も何でもこなすアイドルコンビの片割れ。
「ニャミ、久し振りダネーv」
「うん、ジュディも元気だったー?」
二人…ジュディとニャミは軽く挨拶を交わして、そのままさっきの窓辺の席の方へ歩いていった。
するといわずと知れたニャミの相方…ミミと、もう一人、帽子をかぶったサングラスの男…MZDが一緒に笑顔で出迎えてくれた。
「やほージュディ、久しぶりーv元気?」
「ふふ、久しブリー♪神もミミもみんなゲンキそーだネ。こんなトコロで会うなんて偶然v」
「ホントホント。見つけて思わず手を振っちゃったよー」
「そっちは相変わらずだな。まーつっ立ってないで座れ座れー」
そう言ってMZDは自分の横の空いてる席から紙袋を下ろし、今来たジュディのために席を空けてやった。
「みんな、ココで何してたノ?パーティの打ち合わせかナニカ?」
全員席に座って、近くを通りかかった店員に改めてコーヒーを注文し、少し落ち着いたところでジュディが言った。
この三人が揃っていると、つい例のパーティの打ち合わせかなと考えてしまう。
「んー、今日は別に用があったわけじゃねぇんだけどな?まー、ぐーぜんっていうか」
「そーそー、パーティとは別件だよ。てかそっちも今丁度目前に控えてて色々忙しいんですけどねー」
「そーそー、誰かさんの人使いが頗る荒いせいでねー。色々大変なんですけどねー」
ミミとニャミが遠まわしにMZDに対して愚痴る。これもある意味毎度のことでいわゆる一つのお約束。
「ままま、そー言わずに…今回の成功もお前らの肩にかかってるってゆーか、期待してるし?」
「そりゃまー期待されるのはいいんだけどねー」「ねー」
そんなやり取りを見てると、つい微笑ましくなって笑みがこぼれてしまう。
そしてだからこそきっと今度のパーティも成功するに違いない、とジュディは思った。なんだかんだいってても、この3人の息はぴったりなのだから。
「ふふふ、じゃー、神、そろそろ観念して受け取ってちょーだいv」
「うげ…そこで話を戻すなよ…」
ニタリと笑うミミニャミに、一瞬たじろぐMZD。一体何のやり取りかわからずジュディは首をかしげた。
「何?何のハナシー?」
「ちょっと聞いてくれよジュディ、こいつら酷いんだぜ!」
「泣いてジュディにすがり付いてもダメだよー。うふふふふふ、ほらーどっちかは大丈夫だって言ってるでしょ?運だよ、運」
そう口にしたミミの手元には両手サイズの平らな箱が二つ。
赤いラッピングとリボンの装飾が施されたそれと、今日という日が連想させるものはただ一つ。
「コレ…チョコレート?」
「そーvうちら二人から神に愛情たーーーっぷり込めた手作りチョコレート。なのに神ってば嫌がってさー」
「当たり前だ!誰が唐辛子入りだか山葵入りだかのチョコなんざ貰いたいと思うか!」
MZDは必死の形相で反論する。
「トーガラシとワサビ?」
およそチョコレートとは無縁の調味料の名前が出て、ジュディは益々首を傾げた。
「やだなぁ神ってばー、それは運次第って言ってるでしょ?それは二つのうちのどっちか。一つはちゃんとしたフツーのチョコだよ?」
「信用できるかそんなもん!」
断固として受け取るまいと抵抗するMZD。それには理由があった。
実は去年も一昨年もその前もずっと同じパターンを食らっており、MZDは毎年見事にはずれを引いているのである。
コレはもう運ではなく、絶対両方とも似たような細工がされてるに違いないと確信しつつあるため、
今年はもう絶対に引っかかるかと必死に抵抗してるのであった。
「へー。なんかオモシロソー」
「面白くなんかねぇって!」
呟くジュディに真顔で即否定するMZD。
「でも、折角のバレンタインチョコだよ?一年に一度のネ」
「そうですともー」「そうですともー」
ヤバイ…ジュディは助け舟になってくれると思ってたのに…誤算だったか。MZDは顔を歪ませてそう心の中で呟いた。
「じゃぁ…俺が選ばなかったもう一個の方は今ココで誰か食えよ?」
「いいよー!さぁどっち?」
観念したのか、MZDは散々悩んで向かって左側の箱を手に取った。
包みを開けるとハート型のチョコ。見た目的には何の変哲もない、普通のものだ。
ほ、本当に大丈夫なのか…今すぐ放り出して逃げたいところだったが、そんなことをしたらこの兎と猫は何をしでかすかわからない。
こんな時は神様に祈るのがセオリーだが、はっきりいって神である自分が自分に祈ってどーするというわけでありまして。
腹をくくってMZDはチョコを一口口にした。
「…」
「…」
「…」
「…」








「か…神ー?」
横で動かないMZDを見て不安になるジュディ。
「どうよ?」「どきどきー」
「ふ…今度こそ大丈b
大丈夫…といおうとした瞬間、MZDの顔が赤くなって声が詰まった。そして
…辛ぇーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
断末魔の叫びが店内に響いた。どうやら必死に平静を装うとしたらしいがそれも無駄に終わったようだ。
「やったーv」「成功ーv」
必死で水を手繰り寄せるMZDを前にしてミミとニャミはお互いの手を打ち合った。
一気に水を飲み干してなおむせるMZDに浴びせられる容赦ない一言。
「神ってホント運悪いよねー」
「悪すぎだよねー四年連続だもんねー」
ミミはもう一つの箱を開けて、チョコを取り出し、三等分してニャミとジュディに欠片を渡した。
三人でいっせいにそれを口に入れる。


「あまーいv」と、ジュディが一言。
「だから片方は大丈夫だって言ったのにねぇ?」と、ニャミ。
「やっぱ今年も神は運が悪いんだよー」と、ミミ。
どうやら、ロシアンルーレットももといミミニャミスペシャルチョコは本当に二択だったらしい。
あまりのお約束過ぎる展開に対して、これじゃぁ本当に完敗じゃねぇか…とMZDは机に突っ伏しながら思った。

「まぁまぁ、MZDってばいっぱいチョコレート貰ってるじゃん?」
「一つくらいこういうのがないとねぇ?」
「うるせぇ…お前らのは強烈過ぎんだ…」
圧倒的なミミニャミのペースの前に力なく反論するMZD。
それでもどうにかチョコを平らげ(というか水で一気に流し込んで)片付けたようだ。
「へー神ってやっぱりイッパイ貰ってるんだ?」
「みたいよ?そう、それそれ、ジュディの横にある紙袋」
あ、コレ?と先ほどジュディが座ってる席に乗せられていた紙袋を見る。
横からその中を覗くと、それはもう色取り取りの包装紙に包まれたチョコでいっぱいだった。
「わーイッパイだー」
「た、たまたまなー。結構道でいろんな奴に出くわしてな。それでいつの間にかこんだけたまったんだよ」
「とかいってーわざわざあちこち催促して回ってたとかでしょー?」
黙れそこの猫
図星なのかはたまたそうでないのかはよくわからなかったが、MZDが皆に好かれているのはもう誰もが知るところで、
催促したしないに関わらず、これだけチョコをもらったというのもきっとその証なんだろう。
「そうだ。ねーねー、ジュディは今日誰かにチョコあげたの?」
突然ミミがジュディに話を振ったので、ジュディは少し驚いて一瞬言葉に詰まった。
「う、ウン…もう大体みんなには配り終ったヨ。昨日買ったチョコ、みんななくなっちゃったし」
「やっぱいつも仕事で世話になってる人に?」
「ウン。ショルキーとかオシゴトでいつもお世話になってるスタッフさんとか、あ、あと、今日はDeuilの三人にも会ったし」
「ユーリ達に会ったんだー。あの三人きっと今日たくさんチョコ貰ったんだろうねー」
「フフ、ちょっと見せてもらったケド、すっごくイッパイ貰ってたよvなんかスゴク食べるの大変そうだったナァ」
「あー、やっぱりねー」「大人気だもんねー」
巷で大人気の三人組、そして今日という日に彼らのファンが黙っているはずがない。
そう、もはや毎時間毎時間、彼らの使う楽屋やスタジオ等にはたくさんのチョコが送られてくる。
コレもまた毎年恒例の話。

「あれ、どしたの神?」
気付いたら、MZDは机に突っ伏して窓の外の方に向いていた。
「…別に-」
「うーん、そんなに辛かったかぁ…」
「今年は二択にした代わりに手加減しなかったもんねぇ…」
ちょっと待てコラ
『あ。』
失言…とばかりにミミとニャミは口をふさいだ。
「二択にした代わりにだと?てことは今まではどっちもハズレだったってことじゃねーかぁ!」
「あちゃー」「失言失言」
二人は舌をペロッと出して苦笑いをした。
「でも今年はちゃんと二択だったしー」「結局運が悪いことには変わりないんじゃん?」
激昂するMZDに悪びれる様子もなく、さらっと二人は言ってのけてしまった。
こうなると益々悔しい。今まではだまされて、今回は籤運が悪くて…どうしようもねーじゃんと小さく呟いたMZDはそのまま席を立つ。
「神、ドコいくの?」
「便所。こいつらのペースに乗せられすぎたから頭冷やしてくる…くそー」
「あははー、じゃぁアタシもついでに化粧直しでもしてこよっかな」
と、ミミも一緒に席を立った。ついてくんのかよ…と一瞬MZDは嫌そうな顔をしたが、諦めてそのまま店の奥に歩いていった。


「あーおもしろかったー」
「でも神がチョットかわいそーカナァ…」
「いーのいーの。日頃こき使われてるもの。コレくらいの愛情を返してなんぼでしょv」
ジュディの言葉もニャミは笑ってやり過ごした。
まぁ、これもある種彼女らにしか出来ないことなんだろう。
ミミもニャミも、決して悪気があるわけではなく彼女らなりにMZDのことを慕ってるわけだし。
(こんな風に言ったら、MZDは「悪気がないところが尚更性質が悪い!」と言いそうな気もするが)
「で、話が逸れたんだけどー」
「エ?」
「結局…ジュディは本命にチョコは渡せたの?」
ジュディは思わぬニャミの発言にぶっ!と思わず飲みかけのコーヒーを吹きそうになった。
「エート…そ、それはー」
「それとも、さっきさらりと口にした人物の中に本命がいたとかー…」
「そ、それはななないヨ!!!」
「ほう…てーことはさっき名前が挙がった人物が本命というわけではないのねふふふ」
ジュディの発言の微妙な部分にニャミの目が光る。
「さ…サァ…」
ジュディは何かを言おうとすればするほどさらに墓穴を掘りそうな予感がして怖かった。
じっと見つめられるのに戸惑い、思わず視線をそらしてしまう。
その…別に聞かれて困る…程のものではないのかもしれないが、実は密かにジュディはこの手の話で騒がれるのが苦手だった。
それはまだ…彼女の中で色々問題が山積みのせいなのだが。
「でも、もう買った分は渡しきっちゃったって言ってたしね…となると、やはり既に渡したかそれともまた実は…」
名探偵ニャミの推理がもう一つ先の核心を突いたところまで進みそうになったその時、

ちゃちゃちゃーん、ちゃん、ちゃん、ちゃん、ちゃーん…♪

「ああっ、もー一番いいところの推理の途中なのにっ!」
突然軽快に鳴る暴れん○将軍のテーマ…ニャミの携帯に一本の電話が入った。あわててそれを取るニャミ。
二言三言と発せられた言葉から察するに、どうやら仕事関係の電話のようである。
ニャミはチョット目配せをして空いてる方の手でちょっとごめん、と謝るしぐさを取ると、そのまま席を立って人の少ない方に駆けていった。
一人残されたジュディは、助かった…と内心胸を撫で下ろした。

「ホンメイ …かぁ…」
小さく呟いて、膝の上のハンドバッグから取り出したのは、掌サイズの小さい四角い箱。
少し地味目のワインレッド一色の半メタリックな包装紙でシンプルにラッピングされたそれは、
その存在をあからさまに主張するほど目立つものではなく非常にシンプルなもの。
けれど小さく添えられた白色のリボンと共にとても綺麗にまとまっていた。
それはあくまで市販のものではなくて、自分独自の、オリジナルのもの。
中身だけでなく包む方も何度も何度も失敗して何度もやり直して、そうしてようやくちゃんとできた…苦労の結晶。
それが今、彼女自身の手元にあるということは…つまりまだ渡したい相手に渡せてないということ。
まぁ…それは当然といえば当然なのだが。なんたって、それはさっきまですぐ横に座っていた人に渡そうと思っていたものなのだから。

「あー、でもどうやって渡したらいいのカナ…」
今日中に会えないかもしれないと思っていたくらいなのだから、かえってこの状況はチャンスのはず。
いまここで、何気なく渡せばいいだけのことなのだろうケド…
でもジュディの中でこれは、そうそう人前で渡せるほど軽いものではなかった。
ちゃんと…自分の気持ちを伝えたうえで渡そうと思っていたから。
でもあとほんのちょっとなのに…その一歩の勇気が出ない。
この後…二人きりになる保証はないから、渡すなら今しかない。 あまり悩んでる暇もない。
最悪気持ちを直接伝えられなくても、せめて…一緒にいる二人にそれと気付かれないように渡すことだけでも出来たら…

と、考え込んで俯いた時に、ジュディの視界の中にあの紙袋が目に入った。
紙袋の中には沢山のチョコレート。どれも個性的なラッピングで自分たちの存在を強く主張しているように見えた。
義理チョコといえば義理チョコなのかもしれないけれど…でも、そこにあるものはきっとそればっかりじゃないような気がした。



二人に、気付かれずに渡す方法。

今、ここで手元にあるこの箱を、この紙袋の中に入れてしまえば…
直接渡したことにはきっとならない。きっと、埋もれてわからなくなってしまうかもしれない。
でも、このまま物怖じして渡せないよりは…


そんなことを考えた矢先に、お手洗いに出ていたミミがこちらに戻ってくる姿が見えた。
MZDもきっとすぐ出てくるだろう…
どうしよう…

こんな消極的な手段しか使えない自分が少し恥ずかしくなった。
でも…

ぎゅっと目を閉じ、祈るように両手を組んだ後、ジュディはそっと周囲にわからないように紙袋に手を伸ばし、手に持っていた箱をその中に落とした。
すぐには気付かれないように、ゆっくり奥の方にすべりこませて。



「おまたせーってあれー?ジュディ一人?ニャミちゃんは?」
「あ、えっと…デンワかかってきて、あっちの方に行ったヨ。多分オシゴト関係じゃない?」
気付かれてないよね…と、胸を押さえながらジュディは答えた。このドキドキする心臓が早く治まってくれないかなと笑顔の裏で必死だった。
「うえー、まったくーコレだから忙しいアイドルは大変だよもう。もうちょっとゆっくり休ませてくれてもいいじゃんねぇ?」
「ホントにネー」
同業者同士だからわかる苦労。ジュディもミミもニャミも、今や世間じゃ有名なアイドルなのだから、そういいたい気持ちはよくわかった。
それに文句は口にするけれど、仕事があるということはとても恵まれたことなのだということもお互い知っている。
愚痴も一つの愛嬌。お互いの大変さを認識しつつ、二人はちょっとした苦労話に花を咲かせながらニャミとMZDが席に戻るのを待った。
「よーおまたせー」
ようやくMZDが店の奥から戻ってきた。
「神おそーい」
「あー、チョット奥で店の奴と話し込んでてな。…あれ、ニャミの奴は?」
「デンワ中。あ、戻ってきたよ」
MZDが来た方と逆方向からニャミが戻ってきた。その表情はものすごくふてくされていて。
「もーしんじらんなーい。聞いてよー番組内容が突然変更になったから打ち合わせとリハまたやり直しとかだってー」
「エー!?ひっど!じゃぁ今すぐ戻らなきゃいけないって事?」
「そーみたいー。信じらんないよもう!」
この直後に控えてる生放送の収録。実際は夜からなのでまだ時間はあるはずなのだが、
突然のハプニングでその番組の内容を大幅に変えなくてはならないらしく、司会を務める予定の二人にも至急戻れという話だったらしい。
「さっきまで人をおちょくってた罰じゃね?とっとと行ってこいや」
「うわ神の人でなしー」「人でなしー」
「だって俺神だしー」
労ってくれてもいいのにーと訴えるミミニャミに、さっきの仕返しといわんばかりにザマーミロと言いながら不遜な態度を取るMZD。
コレもまた毎度の光景。

「じゃ、そろそろ出よっか。二人とも遅れたら大変ダヨ」
ジュディは立ち上がって、テーブルにおいてあった伝票を手にとってレジの方へ向かおうとした。
するとすぐ、手に持っていた伝票が上から抜き取られる。
「いーいー、お前の分のコーヒーは俺が払ってやるよ。そっちの二人は自分の分は自分で払えよ」
肩越しの、耳のすぐ傍で突然彼の声がしてジュディは一瞬赤面した。…気付かれてなければいいけれど。
「えー神のケチー」「いいじゃんコーヒー代くらいー」
お前らコーヒー以外に食いすぎなんだよ、と文句言いまくる二人を突き放すようにMZDは言った。
「神、いいの?私別にジブンの分くらい払えるヨ?」
「お前はいいの。いきなり呼び止めたの俺らの方だしな」
それを聞いて、ジュディが何らかの反応を返す前に、ミミとニャミの二人が「態度違いすぎー」とさらに文句つけたのは言うまでもない。

なんとなく慌しい時間があっという間に過ぎて、ミミとニャミの二人と MZDとジュディは喫茶店の前で別れた。
MZDとジュディはすぐそこの駅までの間一緒に歩いた。
歩いている間、何気ない話をしながらもジュディはずっとあのことが気にかかっていた。
…やっぱり手渡せばよかったと、ちょっとだけ後悔。
でも、気付いてもらえたらいいな…なんて、それはあまりにも図々しい考えだ。
かといってさっきこっそりチョコをその紙袋入れたなんていうことも出来なくて…。
まがりなりにも、本命チョコのはずなのに、義理チョコを他の人に渡すよりも不本意な結果になったこと、
何で自分はいつもこんなに考えなしなんだろう、とやっぱり後悔していた。
「…どうかしたか?」
さっきから心ここにあらずといった感じで何か思いつめるジュディを心配するようにMZDは問いかけたが、
なんでもないよ、とちょっぴり慌てた感じの返事が返ってくるだけだった。

駅で別れて、遠ざかっていくMZDの後姿を見ながら溜息を漏らすジュディ。
来年は…絶対直接手渡そう、そう彼女は心の中で誓った。























その日の夕方、MZDは深い溜息をつきながら家に帰った。
「うっわ、何陰気オーラだしまくってんの」
誰もいるはずのないMZDのマンションの部屋の居間から声が返ってきた。
「げ…てめーここで何してやがる」
目の前に立っていたのは、自分と同じ姿をした人。
外見で殆ど違いがわからない、あえていうなら少し身長に差があって、着ている服の色が違う程度か。
「いやー、ちょっと今晩約束があってなー暇だから時間潰してんの」
目の前のそいつ…自分と同じ存在である黒神は、本来MZDの治めるこちらの世界に足を運んではいけないということになっているのだが、
彼自身はそんなことお構いなしでしょっちゅうやってくる。MZDはそれが気に入らないのか、結構黒神に対しては冷たい。
帰れ
そんなわけで強い口調であっさり一言言い放つ。まぁ、その程度で黒神が自分の世界に帰れば何も苦労することはないのだが。
「うわ来たばっかりの奴にそれかよ。てか何ご機嫌斜めなの?…さては彼女に振られたとk」

どかっ!!

突然ものすごい音が部屋中に響いた。
黒神の言葉がうっかりMZDの不機嫌ストライクゾーンど真ん中を貫いたその瞬間、MZDの容赦ない蹴りが彼の顔面にヒットしたのだ。
と っ と と 帰 れ!!!
コレはもう完全にご機嫌斜め。(止めを刺したのは自分だが)…まさに触らぬ神にたたりなし。
黒神は蹴られた顔をさすりながら、それ以上はあえて何も言わず、すごすごと部屋を出て行った。


まったく今日は厄日か…とMZDは紙袋を放り出し、怒り任せでソファーの上にどかっと勢いよく座った。
…いくら沢山チョコを貰っても、一番欲しかった人からもらえないんじゃ仕方がないじゃねーか…
昼間の醜態もあるし、今日はある意味散々だったとしか言いようがない。
折角会えたのに、喫茶店では終始ミミニャミペースで彼女とゆっくり話すことすら出来なかった。
その後も、彼女は何か考え込んでいたようでまともな会話も出来なかったし…
本気で脈すらないのかなぁ…もう漏れるのは溜息しかなく、天井を仰ぎながらMZDは激しく落ち込んでいた。



そんな、二人の溜息交じりの2月14日。































〜余談〜

「つーかお前ホントに馬鹿…」
「わー!自分でもバカだってスッゴクわかってるヨ〜!だから後悔してるんだってばー!」
日が暮れた夜の公園で待ち合わせた、一組の男女のちょっと微妙な会話。
なるほどねぇ…あいつが荒れてたわけ、そういうことか…と、彼女の話を聞いて男は思った。
ついさっき 蹴られた場所を軽く手でさすりながら、自分が今しがた受け取ったチョコレートの入った箱を見る。
「つーか俺にはフツーに渡せるくせになぁ。なのになんであいつには正面きって渡せないかねぇ…そこがわからん」
あいつと俺は姿形も普通なら全く見分けつかないほどに同じなのだ。それを見分けられるコイツがおかしいくらいなのだが…。
「うー、なんか…こう…ジブンの中で上手くいかなかったんだもん…」
うつむきながら彼女はそう呟いた。今横にいる彼に対しては何の躊躇もせず渡せたのに、
どうしても本当に渡したかった相手にはまともに渡すことすら出来なかったのだろう。
昼間に別れてからずっと、そのことばっかりが頭の中を支配していた。
「まーしゃーねーわなぁ…渡してないってなら今からでも家に押しかけるって手もあっただろうケド、一応チョコそのものはあいつが持ってるんだし?」
そうなのだ。だから余計にどうしようもないわけで…
「うー、ねーどうにかなんないカナァ…」
「無理だな。」
無情にも男はキッパリ言い放った。
「ヤッパリー…」
半泣き状態で女はがっくり肩を落とした。 来年があるとはいったって、次のバレンタインまであと365日。
彼女にとって、1年がこんなに長いと思うのは初めてだった。



まぁ…とはいえ望みがゼロというわけではないだろうがね…と男は心の中で思った。
勿論それはあいつ次第。だがさっきのあの様子じゃぁどうだかなぁ…
きっと今頃家でふてくされまくってるに違いないし、それじゃぁ気付くものにも気付くまい。
しかしこれはある意味真の愛が試されているというか何と言うか…
いいかげんじれったいこいつらの関係も、コレに懲りてさっさと進展すりゃ後悔も先にたつってもんなんだがねぇ…


ま、バレンタインってのは所詮きっかけを掴む日に過ぎないんだぜ?お二人さん。



…甘いチョコを一つ口の中に放り込んで、カミサマは心の中で二人に語りかけた。







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すいません序盤が神ジュじゃなくて神ミミニャミになったとか、
何気に黒神ジュの方がラブい関係かもしれないとか、ひたすら実力不足MAXなモノとなりました…OTL
あくまで神ジュバレンタインだと言い張りますよ?(無理っぽい)
テーマはすれ違い両想いバレンタイン、半年前から暖めてたはずなんですが…ねぇ(苦笑)
ま、一番描きたかった場面にしたって辛チョコ話にしたって、
どっちにしてもMZDが可愛そうなのには変わりないからいいか(ぇ)
(20050214)




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photo by *muguet lumiere* +++thanks!!