*聖なる夜に*




『みんな、メリークリスマス!』
電波に乗った明るい声は、ラジオを通して街に響く。
今日はクリスマスイブ。世間はお祭り騒ぎで賑やかな雰囲気に包まれる。
夜ともなれば街路樹を彩るライトが輝きを放ち、夜というキャンバスに光の絵を描く。
恋人や家族、友達と一緒にそれぞれが思い思いの素敵な夜をすごす特別な日。

けれど…


「はい、おつかれー」
0時をまわって、ラジオ番組の生放送の終了を示す声がスタジオの中に響いた。
送られてきたFAXで埋もれたパーソナリティデスクの上。それを片付けながら、
クリスマス特番の司会を務めた金髪のアイドルは誰にも気付かれないほど小さく溜息をついた。
溜息の理由は、別に仕事が嫌だというものではなくて。
ただ、スタジオの入っている高層ビルの窓から見下ろした街の明かりの中に、今年も入り込む余地が無かったな、と思ったために出たものだった。
彼女にとってここ数年、ずっとそんな感じであった。
イブの日はずっと仕事で放送局を跨ぎつつずっとスタジオに缶詰。
もう慣れたことであったが、やっぱりちょっと寂しいものがあった。

「ジュディ、今日はお疲れ様〜」
「うん、ミンナも今日はオツカレv」
撤収作業をしながら今日の番組の進行役だったジュディはスタッフたちと挨拶を交わした。
クリスマスイブだったその日、仕事で拘束されていたのは自分だけではない。
むしろその仕事こそイブの夜を盛り上げる為の重要な役目だったわけで、
放送を聞いてくれていた人たちが自分たちの番組を通して少しでも幸せな気分になってくれていたらそれでいいわけで。

そのためにみんなで今日一日働いたわけで。

…それはよくわかっていたけれど。


でも、やっぱり…

「ねぇねぇ、ジュディ?この後予定が無ければこれからみんなで飲みに行かない?」
「あ…ゴメンネ。私明日もシゴトあるカラ…」
「そっかーがんばれー」
「うん。ミンナは楽しんできてネv」
そう言って、仕事終了の開放感とクリスマス気分で盛り上がる番組スタッフたちを横目にジュディは荷物片手にスタジオを後にした。





黒と紺の境目を彩る夜空を見上げる。
深々と冷える冬に慣れてだいぶ経つ。
日本の冬が故郷と違って本当に寒くて、ひどく驚いたのも昔の話。
あの頃はまだ慣れない事ばかりで戸惑ってばかりだったっけ…
白い息を吐きながら一人、人気の少ないスタジオ付近の歩道でジュディは少し懐かしさに浸っていた。

今日は日付も変わってクリスマス当日。
イブの夜から通してにぎやかな街の様相と異にして、ジュディの心の中には少しだけ寂しさが滲んでいた。
仕事で成功して、有名になるにつれてあの輪の中に入れない年が続く。
今日も朝からクリスマス用のキャンペーンソング関連の生イベントに始まり、
夕方はラジオのレギュラー番組の録りで夜はTVとラジオの生放送。
今の今まで息つく暇も無く、ただ、雰囲気だけはクリスマスイブカラー一色の中でスケジュールをこなしてきた。
それももはや毎年の恒例となりつつある。
別にその仕事が嫌なわけじゃない。むしろ楽しいからいいんだけど、でもたまには…

たまには、好きな人と過ごすクリスマスイブというものを送ってみたいと思わなくもないわけで。






…ぽこん。




突然、物思いに耽っている彼女の頭上から何かが降って来た。
いきなりのことで驚いたが、帽子をかぶっていたおかげなのか当たっても別に痛くは無かった。

ジュディは、足元に落ちたそれを拾い上げた。

「…マシュマロ?」

それは間違いなく袋に入ったマシュマロ一つ。
…お菓子が何も無い空から降って来くるなんて…そんなバカな。
手のひらに乗ったお菓子を見つめながらそう思ったとき、また彼女の頭に何か当たった。
「え…い、イタタタタタ!」
今度は連続して何個も降って来た。
飴、グミ、チョコ、クッキー…硬いもの軟らかいものおかまいなく、それはジュディの頭に当たって地面に落ちた。
「な、ナンナノー????」
わけがわからなくて戸惑う彼女の頭上から、今度は声がした。

「わーりぃ!!そこの奴大丈夫だったかー」
ふっ…と何も無かったかに思えた空間から人影が浮かび上がる。
空の色と同じ色をした衣服に身を包んだ人がそこにあった。
『あ』
目が合った瞬間発せられた二人の声が重なった。

「カミだー」
「ジュディじゃねーか」
ぽかんと見上げるジュディの目の前に、いっぱいにお菓子の山を抱えたMZDが降りてきた。
「コレ、カミの?」
地面に落ちたお菓子を拾い上げてゆび指して、ジュディは言った。
「おお、そうそう。わりぃなー流石に抱え切れなくて落としちまってさー」
よく見たら、今日のMZDはいつもよりふたまわりほど小さかった。
だぶつかせた服の裾を前に広げ、その中に色とりどりのお菓子を入れて両腕でそれを抱えていた。
それは一見してお菓子に埋もれた子供のようで。

「あ、そーだ!ジュディ、その帽子いいか?」
「ん?いいケド…?」
ジュディは、何事かわからずに、かぶっていた帽子を取ってそのままMZDに差し出す。
「えっと…そーじゃなくて…こーさかさまにしてだな」
「こう?」
「そーそー」
言われた通りジュディが帽子の口を上向きにして再び差し出すと、
MZDはゆっくりと抱えていたお菓子の山を上から崩すように揺らし、差し出された帽子の中にそれを流し込んだ。
帽子の中があっという間にお菓子で埋まって、もう一つ小さな山ができた。

「へへ、特別に御裾分けな」
にっこり笑ってMZDが言うと、
「わー、アリガトー♪」
つられてジュディも笑った。


「でも、どーしてコドモの姿でそんなにお菓子イッパイ抱えてるの?」
ジュディが疑問をそのまま口にすると、MZDはああ、と言って答えた。
「いやーさっきそこでツララとデイブに会ってな。『俺にもクリスマスプレゼントくれー』つったら、『世界の良い子にしかプレゼントはあげないんですー』って言うもんだからじゃーこれならどーだ!ってこー小さくなってだな。そしたら『しょーがないなー』ってコレ貰った」

…「コレ貰った」とあっさりMZDは言ったが、本当はそのお菓子はデイブのおやつだったものである。
MZDがプレゼントをねだるのに対してツララがデイブの許可なしにプレゼントの代わりに渡したのであった。
デイブが文句言いまくるのをよそ目にツララがMZDにそのおやつを一つ残らず全部渡し、
怒りまくるデイブを無視してMZDは「じゃ!」とあっさり退散してきて今に至るのであった。
「酷ぇーぞー!!」という叫びがどこからとも無く聞こえてきそうだったが、MZDの中では最早あっさりそんなことは無かったことになっていた。

「そっかー。あ、でも私も貰ってイイの?これ神が貰ったクリスマスプレゼントでショ?」
「いーのいーの。何気に一人じゃ食いきれねーしよ」
そーゆーことなら、とジュディはありがたくそれを受け取ることにした。
早速一つ包みを開けて口に含むと、心地よい甘さが口中に広がった。

「そーいや、もしかして今の今まで仕事だったのか?」
「うん、そーダヨ。今日も明日もオシゴトですヨ」
休む暇も無くてさー、と小さく漏らしつつジュディは言った。
「…そっか。今日も朝からだったんだろ?ホントに大変だよなー」
「…うん。でもソレを楽しみにしてくれてるヒトがイッパイいるから、頑張らなきゃダヨね」
それは時折言葉の端から漏れ出てくる弱音に喝を入れて、自分にしっかりしろと言い聞かせるために出てきた言葉でもあった。

「そーだな。そーやって頑張ってるんだもんな、お前は…」
顔も知らない大勢のヒトの抱く期待のために、素直に頑張れるジュディは凄いなとMZDは思った。
「…でもさー、疲れねぇ?」ぼそっ…と、MZDは小声で言った。
「え?」
「あ…いや、色々忙しくて疲れてるんじゃねーかなーって思ってさ…」
今や彼女の存在は全国規模の知名度である故に、彼女のいるその世界でそれを維持するためには半端無い努力が必要であった。
それこそ、世間が浮かれているような今日と言う日ですら仕事に追われて、
休む間もなく翌日も…そして年の暮れ、年明けと仕事に追われたままあっという間に時が過ぎていく。
ただ、いくら仕事とはいえ、頑張りすぎると体が持たないんじゃないだろうかとそれが心配だった。
「その…無理はするなよ?」
「ふふ、ダイジョーブ!私はゲンキがトリエだもの」
屈託無い笑顔でそういう彼女を見て、MZDは少し複雑そうに笑った。
…凄いなぁお前は…本当…

「…神?」
「あ?」
突然呼ばれてMZDは我に帰った。
「んー…もしかして、ちょっとゲンキない?」
「え…」
ほんのちょっとだけ、曇った感じが彼を包んでいる気がした。
もしかしたら今もいつもと違って子供の姿をしているのもそのせいなんじゃないだろうか。
MZDは自分の意思でその姿を変化させることができると言うのは知っているけれど、
姿を変えているのはそればっかりとは限らないこともジュディは知っていた。
調子が万全で無いときや、何かを抱えているとき、存在そのものに負担がかかっているときは
時折子供の姿をとるということがあるとあるヒトから聞いていた。
今は意識そのものは彼自身のもののようだけれど…あまりにも辛いときには回復するまで意識すら保てないことがあるとも。
だから、MZDがいつもと違う姿をしているということは少し心配なことだった。

「あ、いや…はは…参ったなぁ…」
正直…彼女の指摘は図星だった。
MZDにとってはかえって、人が賑うこの時期は彼にとって辛いことが多かった。
ましてや今日はクリスマスで。
聖なる日だと言えば聞こえはいいが、それ故に勝手な願いや祈り…ヒトの想いがいつも以上に溢れかえる日で。
それらどこからともなく現われ消えていく想いを受け止めて流れに乗せてやること、それが彼の…神の仕事と言えば仕事なのだが…
いつもと違って飽和状態のそれらは、上手く受け流す間をくれず、理不尽に彼に襲い掛かり容赦なく神という存在に負担をかけていく。

故に年の暮れと明けは、めでたいことではあるが、そうそう彼にとっては気楽なものではなかった。


目に見えぬ無数のヒトの無数の期待を時折背負わなければならないと言う意味で、MZDもジュディも似た立場かもしれない。
ああ、勿論厳密に言えば全然違うし、その規模も全然違うのだけれど…
けれど、規模如何に関わらずそれが自分に課された役目なら、それをできる限り全うするために努力するのは筋で。
時折耐え切れぬ程に理不尽なこともあるが、それでも挫けず前を見ていくということは大切なことで。
だから、素直に頑張れる彼女の姿が、MZDには素直に凄いことに思えた。
また、彼女のその強さは、挫けそうになっていた自分を立ち直らせる力を持っていた。

「ああ、でも大丈夫だから…」
MZDは心配そうに表情を覗き込むジュディに向き直る。
「いや、ホントにな?ぐーぜんお前に会えたおかげで元気になったよ」
姿は相変わらず子供のままだったが、いつもと同じ笑みを浮かべて彼は言った。

その言葉…それに特に深い意味はなかっただろう。
でも…
元気になったのが自分のおかげ、と言われてジュディはすこし嬉しくて照れてしまった。

「あ、私もね…ホントはちょっと疲れてたケド、ゲンキになったよ?カミのおかげで」
照れたようにほんのちょっと顔を赤くしてそう言ったジュディ。
そんな彼女につられて、MZDの顔もまた少し照れと嬉しさが混じった赤に染まる。

お互いそれを誤魔化そうと口に含んだお菓子がまた甘くて、どうしても顔が綻んでしまう。
ただでさえ、偶然今日この日に会えた喜びが体中を駆け巡っていると言うのに。

うん、

もしかしたらこれが今日一番のクリスマスプレゼントなのだろうと、二人は同時に心の中で思った。





























「…あ、そうだ!」
「ああ、そーいやぁ…何気にまだだったな」
「うん」
短い言葉のやり取りの中、二人は目配せをして今お互いが思っていることが同じであると確信した。

それじゃぁ…

せーの、




『メリークリスマス!』

息ぴったりの二人の声が、クリスマスの夜空に綺麗に響いた






***

クリスマスに間に合わなかったクリスマス小説。
大晦日に更新ってどうよそれOTL
(20041231)

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photo by <ivory> +++thanks!!