*きえたこえ*





眩しく強い光が瞳の奥に差し込む。


それは夕焼け。傾いた太陽の赤い光だった。

目を開いてみれば、 さっきまで青かった空が今は一面の赤に染まっている。




まだはっきりしない頭。ボーっと空を見上げる。

意識はまだ微妙にはっきりしていなかったが、 さっきまで頭にかかっていた靄は完全に晴れていた。   

今はもう、さっきまで煩かった声も聞こえてこない。




「あ、起きた?」

不意に頭上から声がした。目線を少し横にずらすと、声をかけた人物の影が目に入った。

「……」

「? 神、起きてる?」

不思議そうに俺の顔を覗き込みながら、そこにいる人物は俺の目の前で手を振る。

それが誰だか一応認識はしていたのだが、どう反応していいのか戸惑っている自分がいた。

「…ジュディ?」

「うん。おはヨ、神」

ジュディはさっきまでと同じように座って頬杖を付き、寝そべってる俺のことを見下ろしていた。

「…俺、寝てた?」

「うん」

「……お前、ずっとそこにいたのか?」

「うん」




まだはっきりしない頭を無理やり起こすように右手で髪を掻き上げ、俺はゆっくりと起き上がった。

後頭部と背中についた草がハラハラと落ち、一瞬にして夕焼けの光に染まっていった。

MZDは、あー…と小さく唸って両手で顔を覆い、そしてようやく意識を失う前のことを思い出した。

再び顔を上げ、傍らに座る彼女の方を向く。


「わりぃ…なんかつき合わせちまったみたいで」

まさかあれからずっと傍にいるとは思ってなかった。

多分、散歩の途中で俺のことを見つけて、何気なくちょっと話しかけただけのつもりだったろうに。

でも…あの状況で俺がうっかり寝てしまったら、こいつにしてみればどうしていいかわかんなかったよなー…

「そういや、散歩の途中だって言ってたよな」

「んー、気にしなくていいヨ?私がいたかっただけなんだし。あ、こっちこそ邪魔しちゃってゴメンネ」

「いや、謝らなくても…俺は全然構わないし。むしろなんつーか…」

「?」

「いや…なんでも…」

さっきまで煩かった声がしなくなったのは、 彼女がずっと傍にいてくれたおかげなのかもしれなくて、

今気分がよくなったのはそのおかげのような もの  で 。







…?













たしか


















たしか

前にも同じようなことがあった




















あれは…




あれは…?

























自分の記憶をたどる


頭から消えた無数の声

引き換えに目の前に浮かんだ映像





目の前で 太陽の光がゆっくりと落ちていく

















一瞬 体が震える。










ああそうだ

















忘れていたわけではなかった、でも、




できれば

思い出したくなかった。













「なぁ…ジュディ?」

「なーに?」

「お前…なんともない…か…?」

MZDは目線を地に落としたままジュディに尋ねた。

「???別に…なんともナイヨ?」

MZDの問いかけの意味がわからず、ジュディは首を傾げながら答えた。

そしてふと MZDの様子がおかしいことに気付く。彼は…らしくなく、何かに怯えたように目をそらしている。

「神…?大丈夫?気分悪い?」

ジュディは不安そうに問いかけ、俯いたままのMZDに手を伸ばそうとした。

しかしその手が何かに弾かれたようにビクッとし、一瞬動かなくなる。

何故手が宙で止まったかわからなかった。でもそこに見えない何かを感じてしまった。



見えない 壁を。



その間に太陽はどんどん沈んでいき、上空が紺碧の夜色に染まろうとしていた。

それはまるで、 誰かの心をそのまま映したかのように。





「なんともないなら…いいんだ…」



MZDは顔を上げて、沈んでいく夕日を見ながら小さく呟いた。

「え?」

「…いや、なんでもねー…」








さっきまで自分の頭に響いていた声、何もできない神(俺)に向けられた無数の願いと祈り。

決して消えることの無い声。何度も何度も繰り返され、それは止む事を知らない。

数多の声それら一つ一つは純粋でささやかなものだけれど、

それらがたくさん集まって、どんどん大きくなっていって。


やがて それがはじけ て



嘗て それに蝕まれたものは、もう二度と帰ってこなかった。











「…帰るか」

夕日が沈むのを見送って、MZDは立ち上がった。

服についていた草がハラハラと落ちる。

さっきまで夕焼け色に染まっていたそれらは、今度は夜の闇に落ちていった。

じっと…ジュディは動かず、黙ったままMZDを見ていた。

MZDはそんなジュディを見て、小さく微笑む。

「あ…」と、弾かれたように立ち上がるジュディ。

そしてそのまま二人はその場を後にした。







家に帰る途中、方向を別にするまでの一緒に歩いているその間、

ジュディの胸には小さな不安がつきまとっていた。



さっき、立ち上がった彼が小さく笑ったとき、

そこにはかすかに悲しみのようなものが滲んでいたのは気のせい?


あの人が目を覚まして、日が沈むまでのほんの一瞬の間

たったそれだけの短い間に、何かが変わったように感じたのは、私の気のせい?


ゆっくりと一緒に歩いて、手を伸ばせばすぐに届くくらい近くにいたはずなのに…距離を感じたのは、何故?







今、前を歩く彼の背中を見ながら、あまりよくない予感が胸の中によぎる。












そしてその予感は




やがて目の前にその姿を現すことになる。














***
















一応、場面は *あおぞらこえて*の続きです。

何かが動き出す前の予感。




(20041007)


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photo by NOION +++thanks!!