*ほしあい*





星が煌く夜の海辺。ジュディは一人、ヘッドフォンから流れる音に身を任せるようにして手足を動かす。

一定のリズムにあわせて蹴られた水面が揺れ、波の打ち寄せる音と調和した音を奏でて静かな夜の海岸に響く。

宙を舞う水飛沫は淡い輝きを伴って彼女の周りを漂い、

湿った砂の上の足跡が、流れるように海岸に軌跡を描いては波に攫われて消されて行く。

他に誰もいない海辺。星々の煌きと、濃紺のバックスクリーンが一面に広がるだけのシンプルなステージ。

人工的な特殊効果など何一つないが、それでも彼女の踊りの美しさを引き立てるには充分な舞台だった。




ジュディは時々こうして晴れた夜の誰もいない海岸に赴いては、一人でダンスの練習をしていた。

わざわざダンスの練習場に海辺を選んだのは、昼間の海とは違う夜の海の深い青と、寄せる漣の音に惹かれたから。

黒い天幕の下りたそのステージなら、他の何にも邪魔をされずに思う存分身体を動かすことができると思ったからだ。




ふーっ…

ヘッドフォンから流れる音が止むと同時に彼女は息を吐いた。

少し汗ばんだ身体を癒すように足元に打ち寄せる冷たい水が心地よかった。

見上げればそこには満天の星空。都会の中心とは違い、ここは他に殆ど明かりがないため星達は一層強い輝きを放っていた。

その空を上から下に流れる巨大な星の群れ。天を流れる天の川。



今日は「タナバタ」っていう日だったっけ…



自分の故郷にはない風習で、確かこの日は織姫と彦星が年に一度逢う事が許された大切な日だと以前に誰かに聞いた。

ただ、 雨が降れば天の川の水位は増して織姫が彦星の下に行くことができなくなってしまうとか。

梅雨空濃い今の季節、これまで織姫は何度彦星と出会えたのだろう…。



今年は二人は会えたのカナ…?やっぱり年に一度の大事な日は晴れるのが一番いいよね。



ジュディはそう思いながら天の川の東西に輝く織姫星と牽牛星を探した。

二つの星を隔てる大きな川。二つの星の距離はあまりにも遠くて。

折角二人は両想いなのに…年に一度しか逢えないなんて寂しいな、と思った。




もし…もし自分がそうだったなら…?けど、そう考えようとしてジュディは頭を横に振る。

自分は想いを伝えたわけでも何にもないのに、そんなことを考えてもしょうがないよね…と。

たった一人、あの人の姿を思い浮かべながら。




あーでも、やっぱりどうせなら今日…会いたかったな…




伝説の中の貴重な一日。恋人同士のトクベツな日には好きな人と過ごしたいと思うのは当然で。

ま、でもしょうがないか…

けど、夜空の二つの星に願うだけ願ってみようか。今夜あの人に会えますように…と…





そうジュディが思ったとき、不意に青白い光の粒が目の前をよぎった。

最初は小さな小さな光だったものが、やがて空中のある一点に無数に集まり、淡く優しい大きな光を象る。

不定形だったその輪郭が次第に鮮明になるとそれは人影のような形を示した。

放たれるその眩い光にジュディは目を細めたが、彼女の視点はずっとその光の中心を捉えていた。



光がしだいに収まっていくと、空中に一人のヒトが姿をあらわす。

そのヒトは身体に淡く優しい光の粒を纏いながら、ゆっくりと宙に軌跡を描くようにして海岸の砂浜に足を下ろした。



それはまさに神々しいと形容できるような、幻想的な様相で。

けれどその人物が次に発した言葉とその仕草はえらく現実じみていて。

その二つの差…併せ持つ両面性こそがまさに彼が他の誰でもないことを物語っていた。




「よーっす。元気かー?」




砂浜に降り立った彼はジュディの姿を見とめると、片手を上げていつもと変わらぬ挨拶を投げかけてきた。

「か…神…?」

ジュディは驚いたように目の前の人物を見ていた。

本当に不意で、あまりにも突然で、ありえないくらい丁度なタイミングで現れた彼を。



「ん?はは、もしかしていきなり現れたもんだから驚いたか?」

笑ってそういう彼…MZD。ほんのついさっきジュディが密かに心に思い浮かべたヒト。



会いたいなと思った次の瞬間突然そのヒトが目の前に現れたのだから、ジュディが驚くのも無理はないわけで。

そんなこととは露知らず、MZDはぽかんとするジュディのことを不思議そうに見た。

「あ…エト…うん、ちょっと…驚いた…カナ?」

ジュディはまだ少し動揺していたが、ようやく我に返るといつもと変わらぬ笑顔を見せて返事をした。

「でも神、どうしたの突然?こんなところに…」

そうジュディが訊くと、よくぞ訊いてくれましたといわんばかりにMZDは自分の真上を指差した。

それに合わせて目線を移動すると、MZDの頭上に黒い穴があいているようにみえた。



「そろそろ来る頃だな…危ないからちーと下がってな」

そうして黒い穴から距離を取るように2,3歩下がる。

その穴の中をじっと見ていると、突然そこから何か…とても長いものが飛び出してきた。

そのままその何かは大きな音を立て、海岸の砂浜にそのまま突き刺さる。



「…木?」


目の前の砂浜に刺さったのは青々とした大きくて長いもの。

無数に枝分かれし、先端には同じく青々とした葉がいくつもついており、その葉が風に煽られこすれて独特の…涼しい音を奏でる。


「違う違う、笹だ笹」


ただ それを笹と呼ぶにしてはかなり大きく、寧ろ竹と呼ぶに近かった。

しかしどちらにしてもそれは見事なものだった。



「すごいねー…大きいヨこれ」

「そりゃーなんせ朝から散々探し回させられて一番すげーの取ってきたんだからな」

MZDは得意そうに言った。

「でもコレ、一体何に使うノ?」

ジュディが普通にそう訊くと、MZDは肩透かしを食らったように体をよろめかせた。

「…あ…ああそうか、お前知らないんだっけ?今日は七夕っつーんだけどよ」

「あ、うん、七夕は知ってるヨ。織姫と彦星のお話の日だよネ?」

「そうそう。んで何でかしらんが毎年この日には竹笹に短冊つけて願い事をするっつー風習があるんだよ」

「それで、コレ?」

ジュディは目の前の青竹を指差して言った。

「そ。…っと、ワリ、電話だ」



MZDは着メロの流れる携帯電話をポケットから取り出し、電話に出た。

「もしもし?…遅せーぞお前ら…ああ?こっちはばっちしだっての。もーとっくに着いてるしな。

場所か?海だ海。は?まぁ…んなことどーでもいいだろ?…ああそれはもう気にするなって。

…あー面倒だし別にいいって。つーか何でもいいからアレだけは絶対もってこいよ?

忘れたら承知しねぇし。おう…じゃーまっててやるからさっさと来いよ」



MZDは早口に話し終えると電話を切った。


「もしかしてロクとイッケイ?」ジュディが電話の相手を訊ねると、MZDは「ああ」とうなずいた。

「天の川を見ながら酒でも呑んで風流に七夕の夜を過ごそうぜ、って今朝突然な。なんか色々人連れてくるらしーケド、もう少しかかるって」



そっかー、そうだよね…とジュディは思った。

この七夕の夜を神と一緒に過ごせたらいいのに…そう星に願いかけたタイミングがタイミングだけに、ちょっと期待した自分がいたりした。

でもよく考えたらそういうことでもない限り、神がいきなりこんな所に現れたりするはずないよね…

こんな人気のない夜の海辺になんて。




「あ、お前も暇ならつきあわねぇ?まぁ…無理にとは言わねぇけど…」

「え…私も一緒してイイの?」

「勿論。ま、あいつら来るまでもう少し時間あるし、せめて待ってる間だけでも付き合ってくれると俺的には嬉しいんだケドなー」



その最後の一言に一瞬ジュディはドキッとした。



いや…あの人にとって今の言葉に別に他意はないのだとしても…

でも何にしても今神に一緒にいてほしいといわれたことが嬉しくて。


「うん…じゃ、オコトバに甘えて♪」


ジュディは嬉しくなって笑顔で返事をした。

さっきほんの少し沈んだ気持ちなど一瞬にしてかき消されてしまった。

それに、改めて考えるとロクとイッケイがこうして神を誘ってくれたおかげで今こうして神と会えたわけだし。

うん、そう考えたらあの二人には感謝しなきゃと思った。





別に彼らを待っている間、特にコレといった会話をしたわけでもなく。

ただ二人で砂浜に座って夜の海と星空を眺めながら笹の葉の擦れる音を聞いていたくらいなのだけれど。

背後から「待たせたな」という威勢のいい声とともに数人の気配が近づいてくるまでのその短い二人でいられた時間は、

ジュディにとってこの七夕の夜の中で一番素敵な時間だった。









こんなに近くにいるのに、想いを届けることができないのと

遠く離れて年に一度しか逢えなくても、お互いの想いが通じ合ってるのとは…どっちが幸せなのかナ…



今隣にいる人と七夕の伝説を思い浮かべ、ジュディは夜空を見上げながらふと思った。

伝わればいいのにとどこかで思いながら伝えられないこの気持ち。

まだ、どうしたらいいのか答えは見つからなくて…。




とりあえず、後でこっそり短冊にお願いをしてみようか。

叶う叶わないは別として。でも誰にも見られないように、密かに…














































































おまけ。


「もしもし?」
『あMZDですか、一京です』
「…遅せーぞお前ら…」
『すみません…人誘ったりしてちょっといろいろやってたら遅くなってしまって。そうそうMZDの方はどうです?』
「ああ?こっちはばっちしだっての。もーとっくに着いてるしな」
『さすが…で、今どちらにいるんです?』
「場所か?海だ海」
『は…海ですか?なんでまた…。確か最初は別の場所でやるって言ってませんでしたっけ?』
「は?…まぁ…んなことどーでもいいだろ?」
『まぁ…構いませんけど。こっちも無理言ってわざわざ色々お願いしちゃったわけですし…』
「ああそれはもう気にするなって」
『すみません。そうそう、六にかわりましょうか?』
「…あー面倒だし別にいいって。つーか何でもいいからアレだけは絶対もってこいよ?忘れたら承知しねぇし。」
『はい、例のアレですね!六にちゃんとそう伝えておきます』
「おう…じゃーまっててやるからさっさと来いよ」
『はい、もう少ししたら着くと思いますんで。それではまた後ほど』




こんなやりとりがあったとかなかったとか。






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