*すなどけい*


最近黒神に会うたびに、何か物を貰うことが多い。
ただ、それらはプレゼントと言ったものではなく、どちらかといえば子供が見つけた雑物…と言う雰囲気の、本当に一貫性のないものばかり。
綺麗なものもあれば、どうしてこんなものを?と首を傾げたくなるようなものまで。

「よう!また会ったな♪」
今日もまた、近所の公園のベンチに腰を落ち着けていると彼が頭上から声をかけてきた。
そろそろ日差しがきつくなる季節に、真っ黒な衣装に包まれた長身のその姿。
一見してすごく目立ちそうなのに、気に留めている人は誰一人としていないのが不思議だ。

「クロ、今日は何を持ってきたノ?」
私が問うと、彼は少しもったいぶったような素振りをして口をつむぐ。
そんな彼の顔に目をやれば、口端をつりあげたいつもの笑みが視界に入る。
「んー何だと思う? あててみな」
「そんなコト言われてもムリだってば。だってクロが持ってくるモノっていつもワケわかんないんだもん」
そう言うと、彼は大きな声で笑った。
もう、意地悪なんだから…。私は彼の笑い声を内心不服に感じたものの、それを口には出さなかった。
だって、わからないものはわからないのだから仕方がない。
最初はただのガラス玉に始まり、花や貝殻…といった類のものあたりまでは、なんとなく人に何かプレゼントするもの(?)として理解できたのだが、
それがその辺に転がっているような石ころや、タイル片とか、木の枝とか…そしてそれが突然鉛筆やケシゴムと言った文房具になったり、
果ては何に使うのかわからないような代物にまで及んだ時は、流石に首をかしげたものだ。

「手ぇ出してみ」
黒神がそういうと、彼女…ジュディは今日もまた言われるままに手を出した。
また変なものだったらどうしよう…と思いつつ、掌の上に乗せられたものを見てジュディは目を丸くした。
「…コレは?」
「ん。見てわかんねぇ?」
いや、コレが"何か"はわかるんだけれど…と、ジュディは眉を中央に寄せながら、掌に乗ったソレを凝視した。

それは両手ですっぽり覆えるほどの大きさをした『砂時計』だった。

ただ、この砂時計はどこかおかしい。
ジュディはその砂時計を振ったりひっくり返したり色々してみる。
さらさらとした砂は、ガラスの中で揺れた。だが不思議なことに、その砂は中央のくびれた部分から下の管へ、一粒も落ちる気配がないのだ。

「何コレ?壊れてるの?」
ジュディは不思議そうに訊ねた。
「そうだなぁ。壊れてるのかもな」
返ってきたのはなんとも曖昧な返事。
答えになってないよ…とジュディは不満そうに黒神を睨む。
黒神は相変わらずニヤリと、何かを企むような笑みを崩さずにいた。

「なぁ、賭けをしないか?」
は?ジュディは何を突然言い出すのかと黒神を見た。
黒神は砂時計を指差して言った。
「その砂時計の砂を落とせたらお前の勝ち。落とせなかったら俺の勝ちってのはどう?」
「と、トツゼンすぎてイミがよくわからないんだケド…」
「壊しさえしなければ何をしたって構わないぜ?」
「そ、そういうコトじゃなくて…」
突然賭けと言われても困る。しかも壊れた砂時計の砂を落とせたら勝ちって…その意味が全くわからない。それに…
「私が勝ったら、何か貰えるノ?」
賭けというからには、賭ける物があるはず。
「おう、お前が勝ったら俺様がなんでも一つ願い事を叶えてやろう」
「え、何でも?」
「何でも。俺様にできることであれば、本来人が侵してはならない領域のことであろうが何だって構わねぇよ」
黒神はニヤニヤしながらさらりと言った。
さらりと言ったその言葉、よく考えてみればその内容ってとんでもなくないだろうか?
この砂時計を動かすことに、それだけの価値があるということなの?
彼がそれだけのことを言うということは、もし私がその賭けに負けたら…
「そんでお前が負けたら、一つだけ俺の言う事を何でも聞くこと。OK?」
やっぱり。そう言ってくると思った。でも…

「…ねぇ、コノ砂時計に何があるノ?」
普段であれば、如何に彼であろうと"なんでも一つ願い事を叶える"なんてことは言わないであろう。
彼にそれを言わせるだけの…この砂時計の砂を落とすことの意味は何?
そしてそれは本当に私に出来ることなの?
分不相応の賭けという可能性もある。決して自分に勝ち目のない賭けなら、わざわざ乗ることもない。
実際に拒否することができるかどうかは別としても、ジュディは彼の答え次第では砂時計を突き返すつもりでいた。

「…俺様が、その砂時計を元通りに直すことができればよかったんだがな」
黒神は、さっきとは打って変わって至極真面目な口調でそう呟いた。
「え…ソレってどういう…コト…?アナタに出来ないことじゃ、私にだって出来ないんじゃ…」
それはもう賭けをする以前の問題ではないのか? 『神』としての力を持つ彼に出来ないことを私がするなんて…
「まぁ、無理かもな」
黒神はあっさり言った。
「でも、お前ならできるかもしれない」
次いで、そう付け足した。

真面目な話のつもりなんだがな。と、少しずれたサングラスを指で押し上げながら、彼は言った。
「この砂時計の砂が落ちないことに気付いたのは、比較的最近の(といっても俺様の時間基準でだが)ことだ。
 俺様はどうしてもこの砂時計を動かしたくてな。色々とやってはみたんだが、癪なことに結局何をしたところで動くことはなくってよー…」
黒神はジュディの手から砂時計を取り上げると、空に翳して軽く振った。
雲の切れ間からのぞかせた太陽の輝きが、ガラスの管に反射して光る。
ジュディはその光のまぶしさに一瞬目を細めたが、黒神はサングラス越しにその光を眺め続けた。
まるで、それを通してどこか別の所を見ているように…

「ま、つーわけだ。そんでコレをどうにか出来そうな、そんな見込みのありそうなヤツってのにお前以外心当たりがなくてな」
黒神は指で軽く砂時計をはじいた。くるくると弧を描きながら砂時計は宙を舞い、ジュディに向かって落ちてくる。
ジュディは慌ててそれを両手で受け取った。…と同時に黒神は立ち上がり、振り向いてジュディの頭を撫でながら笑いかけた。
「無理だったら無理で構わんさ。ただ賭けだからな。ムリなんてことがあればそれなりのリスクを負うってコトで宜しく♪
 あ、そうそう、この件に関しては全部自力でやれよ?このことを他のヤツに口外したり、助言を求めたらその時点でお前の負けな」
「ええーっ!そんなぁー!!」
「まぁ、その代わり賭けに期限は設けないでいてやるから。ゆっくり急いで考えな。…いつ俺様の気が変わるかはわかんねーからな」
黒神はそう言った後、ジュディの頭から手を離すと、「じゃ、そういうことで」と一言残して一瞬のうちに消えてしまった。

残されたジュディは、開いた口が塞がらない状態で暫く呆然とする他なかった。
もう…言いたい放題言ってくれて…勝手すぎるよ…。こっちは何がなんだか全くわからないっていうのに!!




手の中には壊れた砂時計。
本当に、一体どうしたらこの砂時計の砂は落ちるのだろう…
神…MZDに訊けばきっと何かわかるのだろうけど、訊いたら即ちその時点で負けになって、黒神の願い事をひとつ聞くことに…
そうなったらまた無理難題を押し付けられそうで、なんだかあまり想像したくないことが待ち受けていそうで怖い。

…はぁ。
途方に暮れそうな難題に思わず溜息が漏れる。

「あー…もうっ!黒神のバカー!!」
何をしていいかわからないジュディは、砂時計片手に、とりあえず空に向かって大声で叫んだ。





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試練は、これから…
(20060625)



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photo by <ivory> +++thanks!!