*北十字の二重星*


色取り取りのテント。景色を埋め尽くすアトラクションの数々。
音楽にあわせて笑顔でにぎやかなパレートが目の前を通り過ぎる。
皆が思い思いの音を奏でて盛り上げた13回目のパーティも、そろそろ閉幕の時間が迫っていた。
手元のプログラムによると、日が暮れた後に締めの大きな打ち上げ花火が予定されている。
あの神様のことだ、きっと派手で綺麗で…このパーティの締めくくりに相応しいものを用意しているに違いない。

テントの合間に沈む夕日を見ながら、ジュディは木陰にゆっくり腰を下ろした。
うん、今回も楽しかった。いつもとちょっと雰囲気を変えて用意した楽曲も皆に好評で、それが何より嬉しかった。
ジュディは今日一日のことを思い出しながら軽く息をつき、被っていた帽子を取り、なんとなしにくるくると手の中で回した。

「お疲れですか?」
物音のしないところから突然声がしたので、ジュディは振り返った。
ああ、さっきカーニバルのステージでみんなに曲を披露していたコだ。
そういえば控え室では何度か見かけたのに、まだ一度も話したことがなかったな…
そう思いながらジュディは、「うん、ちょっとだけね」と言葉を返した。
「…お水、持って来ましょうか?」
「ありがとう。でも平気ダヨ。疲れたって言うよりもね、なんとなく座って周りを眺めたかったダケなんだ」
気を遣ってくれてありがとう。笑顔でジュディがそう言うと、彼は「失礼しました」と軽くお辞儀をして返した。
そんなに畏まらなくてもいいのに、と思ってふと彼の瞳に視線をやると、彼も反射的にじっとこっちの瞳を見つめ返してきた。
互いに互いを見詰め合う形になってしばらく…大体十数秒経った頃か、あれ、何やってるんだろう自分…とジュディは我に返った。
「ねぇねぇ、こっちに来て一緒に座らない?」
ジュディは自分の横に開いたスペースを掌で叩きながら傍らに立つ彼に手招きした。
彼は一瞬戸惑ったように見えたが、「それじゃぁ失礼します…」とジュディのすぐ横にちょこんと座った。

賑う広場を前に、 ジュディは再び自分の膝に頬杖つきながら、周囲の様子を眺める。
ちょっと耳を澄ませば聞えてくる音を拾うと、それをなぞるように小さく口ずさむ。その繰り返し。
ジュディの横に座った彼は、見上げるようにして彼女のその様子をじっと見ていた。
視線を感じて、ジュディは急に恥ずかしくなって頬を掻く。
「あはは、ゴメンネ。変だって思ったデショ」
突然そう言われて吃驚した彼は、自分がずっとジュディの事を見ていたことに今気付いたらしい。
「あ、いえ…そんなことありません」
「退屈だったらミンナの所に行ってもいいんだヨ?」
「いえ…」
そう呟くと彼はなんだかばつが悪そうに俯いてしまった。
うーん、別に気にさせるつもりじゃなかったんだけどなぁ。 ジュディはそんな彼の様子を見てどうしたらいいものか…と考える。
パーティ会場で今まで見たことない顔だから、多分初めて参加なのかな。だとしたら色々と戸惑うのも無理はないよね…。
昔はこんなに規模が大きくはなかったとはいえ、それでも慣れるまでは緊張したものだ。
ジュディは我が身を振り返りながら、一人でうんうんと頷いた。
「あ…あの…?」
一人の世界に浸ってるジュディを前に、彼は余計に戸惑ってしまっていた。
いけないいけない、考え込んで余計に困らせてどうするの私。

「…んーと…そうだ。ねぇ、キミ、パーティに出るの初めてだよね?どうだった?」
とりあえず、打ち解けるにはまず会話から。
そう思い至り、ジュディは答えやすそうな質問からしてみることにした。
「あ…ハイ、楽しかったです。とても」
「ホント?それなら良かった♪」
「それと、こんなに大きなパーティだとは思っていなかったので…少し吃驚しましたけれど」
「うん、私も今回のパーティがこんなに大きなものになると思ってなかったもの。やっぱりミンナ驚くよねぇ」
何と言っても今回は規模が半端じゃない。まぁ、スケールという意味ではトラベルがテーマだった前々回もすごかったのだけれど、
やたら広い空き地があるかと思えば、そこに一からアトラクションを作っていってしまう(しかも2段階)イベントには流石にジュディも驚いた。
「アレ、神様の像なんですよね」
彼が中央の広場に立ってる意味もなく大きな像を指差して言った。
「ああー、うん。最後の最後に何がデキるのかと思えば、あの像だもんネ…神も物好きだとしか…」
皆でラストに何が出てくるのかとわくわくしながら待ってみればあの銅像である。
ある意味わかっていたというかそのまんますぎるというか…そんなわけで全員がノリで一斉ブーイングかましたのは言うまでもない。
「コラ!お前ら何でそこでブーイングなんだよ!ここは感動の拍手喝采だろ!?」
あの時の像の上から本気で抗議する神の姿を思い出すと、もう面白くて仕方がなく、二人はくすくすと顔を見合わせて笑った。



太陽がテントの向こうに沈みかけ、地平線沿いが赤く染まっていく。その空も今度は上空からだんだん藍色に染まってきた。
もうすぐ日が暮れるね…。日が暮れればパーティの終わり。ちょっぴり感慨に耽りながら、二人は沈む夕日をを見つめた。
暫くの間、二人はそのまま言葉を発することなく見入っていた。


「今日の…」
夕焼けを眺めながら、やがて彼は口を開いた。
「このパーティに出ることがずっとずっと夢で、毎日森の中で神様が来てくれるのを待ってたんです」
「…そうだったんだ」
ジュディの相槌に彼は軽く頷き、言葉を続けた。
「ここに来れば、会いたい人に会えると思ったから…なんですけどね。とにかくどうしても会いたくて…会って、お礼を言いたくて…」
「それで、会えたの?その人に」
彼は再びこくりと頷いた。
「…これを」
彼は懐から取り出した小さな包みを、そっとジュディの掌の上に載せた。
え?と、きょとんとするジュディの様子を見て、にっこり微笑むと、
「今日、お話できて嬉しかったです。それと…『あの時』は僕の声を聞いてくれてありがとう。これは、気持ちばかりのお礼ですけれど…」
何のこと…?と訊ねようとジュディが言葉を発する前に、彼は一礼をして、そのしなやかな身を翻してその場から去っていってしまった。


空の殆どが藍色に染まり、さらにその上から濃紺のヴェールが覆いかぶさるように鮮やかなグラデーションを描いている。
いつの間にか、 星々の輝きを地上に姿を見せ始める時刻になっていた。
ジュディは掌に置かれた小さな包みを開いてみた。
すると、そこには小さな宝石が二つ。

「ほうほう、こいつはなかなか見事なサファイアとトパーズじゃねーか」
「わっ!神!!」
またこのヒトはいつもいつもいつも後ろから突然現れて人のコト驚かせるんだから!!
口には出さないものの、ジュディは心の中でそんな文句を呟きながら、驚いた拍子に掌からこぼれ落ちそうになった宝石をしっかりと握り締めた。
MZDはジュディが何を言いたいのかなんとなくわかっているようだったが、全く気にする様子もなく、いつものようにニヤリと口の端を上げて立っていた。
「うん、ってことはアイツ、漸くお前にそれ渡せたんだな」
それはまるで一部始終全てを知っているかのような言葉。
「ヨウヤク…ってどういうコト?神、何か知ってるの??」
お礼なんて…全く身に覚えがないんだけど…というジュディの様子に、MZDは意外そうな目を向ける。
それから顎に手を当て、何かを考え込むかのように視線を斜め上に移しては、ふむ。と一人で何か納得して元の位置に視線を戻す。
「もう、神っ!一人でナットクしてないで何か知ってるならオシエテ!!」
「あははは。まぁ…そんなに気にすることじゃねぇよ。単にアイツはずっとお前にそれを渡したくて仕方なかったみたいって、それだけだ」
何か肝心な所隠してない?と疑いながら、ジュディは掌のサファイアとトパーズを見る。
「でも、コレ…本当に私が貰っていいモノなの?」
これが気持ちばかりのお礼で済まされるような安物ではないことくらいはわかる。だから尚更こんな高価なものを貰う理由が一向にわからない。
「ん?アイツがちゃーんと言ってただろ?礼だって」
「だから何の…」
「さてねぇ〜」
もう、知ってるなら中途半端にはぐらかさないで教えてくれたっていいのに…。
頬を膨らまして不満を表に表すジュディに、わかったわかったとMZDが彼女の頭を撫でて言う。
「なぁ、ジュディ。その二つの宝石が示す星が何なのか、知ってるか?」
「え、ううん。知らナイ」
「じゃぁ…そうだな、それがわかったら教えてやってもいいぜ」
「ええーっ、素直に教えてくれてもイイのにっ。神のケチンボ!」
あんまりなMZDの態度に、ジュディは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
MZDはくっくっくと笑いながら、まぁそんなに怒るなよ…と軽くジュディを宥めた。

…本当は俺が教えなくても、お前が思い出せばいいだけの話なんだけどなぁ。
とはいえアレも大分前のことだし…忘れてても無理もないか…

MZDは空を見上げ、ジュディに聞こえないくらいの小さな声で
「ちゃんと…礼を言えて良かったな」
…そう空に向かって呟いた。


その神が見上げたその先に静かに煌いていたのは、北天の宝石───人はその星をアルビレオと呼ぶ。




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とりあえずアルビレオといえば宮沢賢治。

一応内容としては「春時雨の涙」とリンクしてるつもり。
祭りの終わりに猫の恩返し。
(20060507)



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photo by 空色地図 -sorairo no chizu- +++thanks!!