*星の旋律*






「…あ、忘れモノ!」
「ジュディ?」
「ちょっと…大丈夫?」
「あ、うん。ゴメンネ、二人とも先に帰っててー。私ちょっと取りに戻るネ」

それは丁度今回のパーティ会場を後にした直後…駅でのことだった。
ジュディは財布を取り出そうとしてカバンの中を開けて、自分が忘れ物をしたことに気付いた。
一緒に帰りを共にしていたアヤとマリィに心配されながら、ジュディは多分会場に忘れてきたんだろうと告げ、
一人で二人とは逆に今来た道を駆け足に戻っていった。

戻った先は本当に小さなライブハウス。外からの見た目からして結構小さく、そんなに大人数が入れるほど大きくもない。
しかしこここそが今回のポップンパーティの会場であった。
かの主催者曰く、「こんな所で!?と一瞬思わせるような場所でやるのが面白いんじゃねーか」とのこと。
小さい…とはいっても貸し切られたこのライブハウスはこっそりこの日だけの特別な空間になっている。
というのは、どんなに大勢の人が押し寄せても広すぎず狭すぎない適度な広さを保つうえに、
設備も各々の満足いくものが揃っており、あまつさえ気まぐれな演出によってそのステージの様相すら一瞬にして変わってしまうのだ。
それは初めて招待された者達は勿論のこと既に常連となった者達をも常に驚かせるものである。
およそ建物の外観からは想像もつかないその中の世界は、演出好きな神様の手で用意された、誰にとっても最高の舞台となる場所だった。


ジュディはまだ会場の正面の玄関の戸が開いていることを確認すると、そのまま中に入った。
会場の中はまだパーティが行われていた時と同じ姿を保っていたが、既にパーティ参加者は誰も居らず、周囲の電気も消えていて静かだった。
歩けば廊下を歩く自分の足音だけが響くのみ。
がらんとした誰もいない会場ってやっぱり寂しい感じだなぁと思いながら、ジュディはステージ脇の入り口へと向かった。

…その入り口の扉の前で、ふと足が止まる。




誰もいないと思われるの扉の向こうのステージから、微かな音がしている。
何だろう…と思いながらジュディは音を立てないようにこっそり扉を開け、ステージ脇に入った。
その空間に広がっていたのはまさに弦を叩いて奏でられる音が彩る旋律。
暗い会場の中、唯一明かりが照らされていたステージの中央にはグランドピアノ。

聞こえてくるピアノの旋律は、まるで夜空に無数に広がる星の煌き。
もしもその星々の瞬きが音を放ったら、きっとこんな感じなんじゃないか…流れる音楽を聴きながらジュディはそう思った。

一体誰が弾いてるのだろう…と目線を移動させ、こちらに背を向けたそのピアノの奏者に目をやる。
それは驚くことに自分がとてもよく知る人物だった。
その人物が今まだパーティ会場に残っていたことは別に驚きの対象ではなかった。
彼女が驚いた理由は、今までに彼の人がピアノを…いや、それ以前に何か一つの楽器を演奏をしている所をこれまで見たことがなかったからだった。
時折気まぐれにパーティ招待者の曲をリミックスする以外には姿を見せない、その主催者。
リミックス以外の彼の人独自の音色を知っているパーティ招待客は、きっと誰一人としていないだろう。


今、誰もいなくなったただ一人の空間でその人はその人にしか出せない旋律を奏で続けている。
それを表現するのに「神秘的」と言ったなら、それははまさにこの状況に対して的を射た言葉だろう。
ジュディはここに戻ってきた理由を忘れて、ただただその音色に聞き入っていた。




やがて、ポーン…と、鍵盤を叩く最後の音が空間に響く。
その余韻が周囲に染み込むようにして消えたとき、ピアノの奏者は何かに気がついたように振り向いた。

あ…

驚いたようにこっちを見た彼と目があった。
自分に気付いたその人の表情が変わる。…その表情が何を言っているか、見ただけでジュディにはすぐわかった。
故に 少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、彼女はゆっくり彼のいるステージ中央へと歩いていった。

「お前…帰ったんじゃなかったのかよ…」
「エヘヘ…忘れ物したカラ戻ってきたの」
「あー…そう。…つーか、今の…聞いてた?」
「うん…途中からだけどネ」
やっぱりこんな時間に一人で演奏してるということはきっと聞かれたくなかったんだろうな、と思った。
それはなんとも複雑な表情をした彼の姿がまさに物語っていた。

「なんつーか柄にもないところ見られたよなぁ…」
「えー、そんなことナイヨ?…でも、神が楽器弾いてるトコロを見たのは初めてだからビックリしたカナ」
やっぱりなぁ…と赤面して口に手を当てるMZDを見て、ジュディはふふ、と笑って言った。
「というよりも、神がピアノ弾けたことに驚いたカナ?」
「おいおいー、俺を誰だと思ってるんだ。コレくらい朝飯前だっての!」
MZDが冗談交じりにムキになってみせると、ジュディは益々 くすくす笑いだす。
「だって神いつもリミックスばっかりなんだもん。…うん、だからビックリ」
そう言いながら目の前の真っ黒なグランドピアノに触れ、ジュディはさっきの旋律を思い出していた。
「…なんだか星みたいだった」
「星…?」
「うん、夜空イッパイの星がキラキラ輝いてて…さらに流れ星がその中を流れるようなカンジ?聞いててね、そんなふうに思ったノ」
さっきの音色は、今もまだ彼女の体の中でこだましていた。目を閉じて胸を当てれば震えるようにそれがよみがえり溢れてくる。
「へ…変カナ…?」
ジュディは素直に感想を述べたつもりだったのだが、よく考えたらなんだか恥ずかしいことを言ったんじゃないかと思った。
腕を組んで、目の前の閉じた鍵盤の蓋を見つめたまま黙るMZDを見て少し不安になる。
「いやー…うん、星か…いいな、ソレ」
うん、と頷くとMZDは顔を上げる。
「まぁ…実をいえばまだこいつは未完成なんだけどな…。なかなかイメージ固まらなくてちっとばかし悩んでたんだよ」
「そうなの?」
「ああ。だから本当はまだ誰かに聴かせられるようなものじゃなかったんだが…うん、でもまぁおかげでなんとかなりそうだ」
「じゃぁ、完成したらミンナにお披露目?」
「さぁ…それはまだなんともいえねーケドなぁ…ま、それはいつかのお楽しみということで?」
さっき聴いた時点で未完成だというのがとても信じられなかったが、けれどMZDのことだからまだ色々考えているのだろう。
「うん、じゃぁ楽しみに待ってるネ♪」

彼のリミックスではないオリジナルの曲。
未完成とは言うものの、その断片を今日偶然聴けたのはとても運がよかった。
今この胸に残っている星の旋律は、まだ誰も知らない。まさに自分だけの宝物。
しっかりと大切にしまっておこう…そうジュディは思った。

胸に手を当てて小さく笑うジュディを見て、MZDはふと何かを思い、閉じられていた鍵盤の蓋を開けた。

「1曲…」
「え?」
「1曲、何か好きな曲を弾いてやるよ。今日だけ特別な」
突然の申し出にジュディは驚いて顔を上げた。
「ホント…!?何でもいいの?」
「おう。でも早く決めねーと気が変わっちまうぞ?」
「え、ええー!」
早くといわれて焦るジュディ。なんせこの機会を逃したらもう彼がピアノ弾く所なんて見られないかもしれない。
でもリクエスト…と突然言われ一瞬で頭がいっぱいになった。どうしよう折角弾いてもらうなら…何が…何がいいだろう…?
眉間に皺を寄せて、こぶしを握った手を口に当てて考え込む。

そして…ふと頭の中を過ぎった曲が。



ジュディは小さい声で、MZDの耳元でその曲名を囁いた。
その曲は…間違いなく彼も知っている。けれど彼がなんていうかはわからなかった。
…ジュディは顔を赤らめながら、目で「どうかな…」と心配そうに様子を伺う。

「いいけど…それなら一つ条件があるんだが…」

「え!…条件って…ナニ?」
素直に返って来ない回答にドキリとするジュディに対して、MZDは口の端をにやりとあげてみせた。


「ん?…お前が一緒に歌ってくれるんなら弾いてやるよ」






MZDの手が白と黒の鍵盤の上をゆっくりと動き出す。
アドリブでピアノ用にアレンジされたその曲にあわせて歌声が響く。
打ち合わせも何もしていないのに、透明な音色と歌声は綺麗に合わさり、他に誰もいない二人だけの空間に響いた。

心地よいピアノの音色に耳を傾けると、なんだかとても幸せな気持ちに包まれていく。
ジュディはもう何度何回歌ったかわからないその曲の歌詞を紡ぎながら、両手を上にかざした。


すると、 彼女の指先に塗られた『透明なマニキュア』が、ステージのライトに照らされて光って輝いた。 まるで、夜空に浮かぶ星のように…










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普段DJなMZDが突然真面目にピアノ弾いたりしたらすげーかっこいいなぁとか勝手に思い込みまくりでした。
本当は最後弾くのは星繋がりで『STARS☆☆☆』にさせるつもりだったのです。
でも…やっぱ二人の思い出の曲は外せない…!と土壇場で変えてしまいました(笑)
ピアノリアレンジした透明なマニキュアすげぇ聴きたいなぁ。


(20050404)




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photo by NOION +++thanks!!