*sweet white day*

バレンタインデーに比べたら、やたら忘れられがちなホワイトデー
けれど、バレンタインに勇気を出して告白した娘達にとっては、この日こそ運命の日なのである。
皆大好きなあの人からの返事を待ちわびて心を躍らせる。


密かにそんな雰囲気漂う周囲の中で、とりあえずそういうことは自分には縁がないなぁと彼女は思うのであった。
なにせ、今年のバレンタインは告白どころか直接チョコを渡すことも出来なかったのだから。
その日は…直接あの人に会ったにもかかわらず、勇気が出せずにチョコをこっそり相手の荷物の中に紛れ込ませただけに終わってしまった。
しかもそのチョコが自分からだとわかるようにカードに名前を書いて置けばよかったものの、
実は書きかけ…というか肝心の自分の名前を入れないままにしてしまったのだ。
…そんなことを後悔しても今更で。
チョコの存在に気付いてもらえなきゃ、返事がくるはずもない。
…別に何かしてほしいからとか、お礼が欲しかったからとかそんなつもりでチョコレートを用意したわけではなかったけれど、
あれだけ自分の中で一所懸命だったバレンタインデーだったのに、このホワイトデーに何もないというのを空しく思ってしまうのは人の性である。
全て自業自得なのはわかってはいるんだけど…ね。

そうして事務所に送られてきた沢山のホワイトデーの贈り物を紙袋に詰めながら、ジュディは今日二十回目になる溜息を吐いた。
芸能界にいると、こういうイベント的な日にはファンの人たちから沢山贈り物が届く。
一所懸命応援してくれてるみんなの気持ちがこもったそれらのプレゼントは純粋に嬉しかった。
尤も、食べ物になると毎年その膨大な数の処理に困ることもしばしばだし、
また、お礼のメッセージカードも用意しなきゃいけないなどそれはそれで大変なのだが。

ジュディの手元にはファンの人達から送られてきたホワイトデーの贈り物とは別に、もう一つ紙袋があった。
こっちはいつも御馴染みの人たちからバレンタインデーに渡したチョコレートのお返しで貰ったもの。
中にはお菓子以外にもちょっとしたアクセサリーの類も混じっている。
その中でも特筆すべきはやはりアッシュから貰った特製ケーキだろうか。
アッシュの料理の腕が一流なのはもはや周知の事実。そんな彼の作ったケーキが食べられるとあって、それはちょっと幸せだった。
彼にはバレンタイン当日に至るまでチョコの作り方とか教えてもらったりしてお世話になってばかりだったなぁ、と改めて思う。
で、バレンタインにアッシュにチョコをあげたのは、これまでの成果を見てもらうこととお礼を込めてのことだったのだが、
そんなことはお構いなく、彼は今日という日に律儀にお返しまで用意してくれていた。そんな細やかな心配りと優しさには本当に頭が上がらない。
バレンタインに一部の人だけに送った手作りチョコは、彼のおかげでそれなりな評判をもらえて嬉しかった。

ただ…本当に食べてほしかった人からは何も言われることがなかったが。



ジュディにはあのときの早まった行動が悔しくてしょうがなかった。
それを思い出すだけで何度も目の前の机に頭を叩きつけたくなる。
そして漏れる二十一回目の溜息。

だめだ、もう帰ろう…ジュディは気持ちを切り替えようと頭を振った。
今日の仕事はもう既に一通り終わっていたので、後はもう自宅に帰るだけだった。
まだ寒さの残る三月。フードのついたコートを着てマフラーをし、カバンを肩から下げて紙袋を二つ両手に持てば準備完了。
ジュディはスタッフの人に挨拶を告げると事務所を出た。
外はまだ日が沈む前で明るかった。


いつもの道を、いつものように帰る。
大通りに立ち並ぶ店のショーウィンドウを覗きながら、可愛い服やアクセサリーなんかを見つけるとつい立ち止まってしまう。
そんなことを繰り返しながら街中を歩いてると、やがて道路の横断歩道に差し掛かる。
家は更にその先なので、信号が変わるのを待つ。
そろそろ青になるかなと思い正面を向いたその時に信号が変わって、正面から人々の塊がこちらに向かって横断歩道を渡ってきた。
横断歩道に足を踏み出そうとしたとき、ジュディはその正面の人々の中に見覚えのある人物の姿を見つけた。

あ…。

思わずそのまま横断歩道の手前で立ち尽くした。すると横断歩道の中程で向こうもこちらに気付いたようだった。
軽く手を上げて挨拶をくれたので、こっちも手を振り返そうと思ったがよく見たら両手が紙袋でふさがっていた。だからとりあえずにっこり微笑み返してみた。
彼は横断歩道を渡り、ジュディの立っている所へまっすぐやって来た。
「よ、今日は仕事早かったんだな」
にやりと何時もの笑みを見せながら彼は言った。
今日は寒いせいかコートを羽織っていたのでやや印象が違ったが、
彼のファッションの特徴でもあるその帽子&サングラス姿はやはり何時もと同じだった。
「うん、カミとこんなトコロで会うなんてグーゼンだね」
「お、何かいっぱい荷物持ってんのな。んー、もしかしなくても今日の戦利品か?」
「あはは、うん。毎年ファンの人がいつもイッパイくれるんダヨー」
「流石は芸能人ってトコだなー。あ、ワリィ。俺ちょっと急いでるんだ」
「え、あ…そ、そっか。…ウン、それじゃー…」
普段なら会えるだけでも…そして二言三言言葉を交わすそれだけでも嬉しいのに。
なんとなく今日はただそれだけで別れてしまうのが寂しかった。けれど用事があるなら仕方がない。
心の中で自分に言い聞かせるように呟いて、体の向きを変えそのままジュディは横断歩道を渡ろうとした。

「…ってちょっとまてーい!
突然後ろからコートのフードを引っ張られ、ジュディは後ろに仰け反った。
「え…な、ナニスルノー!?」
何が起こったかわからなくて、ジュディは引っ張った張本人…MZDに向かって叫んだ。
すると何やってるんだって顔で怒鳴り返された。
「お前っ…赤信号で横断歩道渡るなよ!」
…よく見たら、いつの間にか信号は変わっていて目の前では車が勢いよく行き交っていた。
あのままぼーっと前に進んでいたらどうなっていたかなんて、語るには及ばないだろう。
「あ…」
「ったく…ぼーっとしてんなよな?」
「ご…ゴメン…」
普段からそそっかしいとは自分でも多少自覚はしてるけれど、いくらなんでも赤信号を渡るようなポカは…
しかもよりによってそれをMZDの前でやっちゃうなんて…ちょっとだけ恥ずかしくなってジュディは赤面した。
そんなジュディをちらっと見て…MZDは掴んでいたフードの端を離した。
「…じゃ、俺行くから。気をつけて帰れよ」
「うん、アリガトー。じゃぁ…ね」
ポンポン、とジュディの頭を軽く叩いて、MZDはそのまま路上の人込みの中に消えていった。
ジュディは名残惜しそうに人の群れの中へ消えていくMZDを見送ってから、青信号に変わった横断歩道を渡って、家へと向かった。






「あー! もう…ツカレター!!!」
家に帰ってくるなり、ジュディは電気もつけないまま紙袋を床に置いて、自分はそのまま勢いよくベッドの上にうつ伏せに倒れこんだ。
暫くそのまま動くこともなく、部屋の中で壁にかけた時計が時を刻む音だけがただただ響いていた。
「あーあ…なんかジブンがよくワカンナイや…」
やがて、今日二十三回目になる溜息と一緒にジュディは小さく呟いた。
目の前にあった枕を引き寄せて抱きしめ、そこに顔をうずめてさっきのことを思い出す。
街でMZDに会ったとき…何かちょっとだけ期待してた自分がいた。
自分勝手だってのはわかってる。 向こうはこっちの事情なんて知るわけがないんだし。
そもそも自分のことも…ただの知り合いとか仲間とか、その程度にしか思ってないんだろうから何もあるわけがないのに。
それは…痛いほどわかっているのに…

片思いって辛いなぁ…と今日ばかりは思った。でも…それは仕方がないコトだ。
だって彼にはもう既に恋人…いや、一生を誓った相手がいるのだから…。
だから…彼の日常の片隅で自分のことを気にかけてもらえるだけ、まだマシなのかもしれない。
ちょっと前までは、それだけでよかったのに。
自分の気持ちを知ってもらいたいだなんて、思うようになる前までは…


「…ぁあー!もーー!!今日はどこにいてもずっとオンナジことしか考えてないヨ私!!!」
ジュディは叫ぶのと同時に枕を布団に押し付け、がばっと起き上がっては両手で勢いよく頬を打ちつけた。
さっきから気持ちを切り替えなきゃとか思いながらも全然切り替えられてない。
普段はそれほどでもないのに、ふとしたことで突然ネガティブになって落ち込みまくるのは自分の悪いところだ。
とりあえず…コートを脱ごう。それから電気をつけて、ストーブもつけて、何か食べよう。じっとしてると滅入ってばかりだもの。

そうして早速ボタンを外してコートを脱ぐ。
それをハンガーにかけようとしたときだった。ジュディは普段見慣れてるコートにちょっとした違和感を感じる。
…コートのフードの部分が膨らんでいる。何か物でも入っているかのように。
何だろう…と、上からそっと触ってみるとやはり中に何か入っているようだった。
気付かないうちにゴミでも入ったかな…と思って、フードの中に手を突っ込んで中のものを取り出した。
出てきたもの…それは、手のひらほどの小さな無地の青い色をした四角い袋。
特に装飾はなく、裏にはシンプルに銀色の小さなシールで封がしてあるだけ。

何だろう…コレ…?

それは彼女には全く見覚えのないものだった。
とりあえず…どこからどう見てもゴミではないと思うけれど。
触った感じは少し固くて、とりあえず中に何か入っているようだ。振ってみると、ちょっとだけ音がした。でも何なのかまではわからない。
中身を見ればわかるかな…と、ジュディはとりあえずそれを開けてみることにした。

袋から出てきたのは…一粒のキャンディと、シルバーの鎖のブレスレット。

この時期、丁寧にラッピングされた包みの中身のキャンディが示すものといえば、十中八九ホワイトデーの贈り物。
でも…なんでそんなものがこんなコートのフードの中に?と、ジュディは首をかしげた。
自分のコートのフードの中に入っていたけれど、これが自分のものだとも限らないし…
よく見ると、袋の中にはまだ何か入っているみたいだった。袋を破らないよう、そっとそれを取り出す。
それは小さな一枚の白い二つ折りのカード。
ジュディはきっと送り主か何かの名前でも書いてあるだろうと思い、ゆっくりそれを開いた。
中には、たった一行だけ。 紺のペンで書かれた文字が、白い紙にくっきり刻まれていた。








『次からは、ちゃんと名前くらい書いておくように』






たった一言、それだけ。
そのカードにはそのメッセージ以外、差出人の名前も、宛先の人の名前も、何一つ書かれていなかった。

なんというか、およそ贈り物に添えるカードに書かれているようなお約束のものとは程遠い内容だった。
普通の人にはそれが何を示すか全くわかるまい。
…何のことか身に覚えのある人にとって…以外は。

それを見て、ジュディは力が抜けるかのようにその場にへたり込んだ。
見慣れた筆跡、見間違えるはずがない。これは間違いなくあのヒトの書いた文字。


今日出会ったのは、果たして偶然?
フードを引っ張られたのも、ただの偶然?


都合のいい考え方かもしれない。もしかしたら違うかもしれない。でも、それ以外には考えられない。

このカードの言葉が示すものは、
あのヒトが…自分のチョコレートの存在に気がついてくれたということ。


そう…わかったとたん涙が溢れてきた。
見つけてもらえたことが嬉しくて。そしてやっぱり直接渡せなかったことが悔しくて。
「MZD…」
包みに入っていたブレスレットをぎゅっと握り締めて、ジュディはその人の名を呟いた。
それに反応したかのように、掌の中でブレスレットが静かに輝いた

今度会ったら、絶対にきちんとお礼を言おう。
そして…今は無理かもしれないけれど…いつかはちゃんと…自分の気持ちも…





































***

その頃。

彼の目の前には、机に突っ伏して小一時間…ひたすら唸って蔕ってる青年がいた。
「…鬱陶しい」
「うっせー…テメーにゃこんな気持ちわかんねーだろうよ…」
文句にしてはなんとも弱弱しい声。
「はぁ…わからんねぇ。そんなに受け取ってほしいものだったら直接渡せばよかったじゃねーか。まだ鞄とかポケットならともかく…フードとかわけのわかんねートコに入れたらふつー気付かんって…なぁ?」
「そ れ を 言うなー!わかってるっての…自業自得だってくらいは!!!でも、なんとなくそのまま渡すのは悔しかったんだよ!!!!」
突然目の前の青年は頭を抱えて天井を仰いで大声で叫んだ。
彼がホワイトデーのお返しをこっそりコートのフードに忍ばせたのは、彼女に対したちょっとした仕返しのつもりでもあった。
最初、軽い気持ちでそれを実行に移したのだが、
よく考えたらやっぱり渡した相手が今日中に気付いてくれなかったら本当の意味では意味がないということに気付いたのだ。
大人しく直接渡すなりすればよかった。…急いでるだなんて嘘を吐かずに。
「馬鹿なこと考えるよなぁ…お前『も』」
「うるせぇ!お前に何がわかるー!」
何気に強調したお前『も』という言葉はあっさりスルーされ、目の前で泣かれながら思いっきり怒鳴られた。
そんなこといわれてもなぁ…俺の責任じゃないし。と怒鳴られた彼は心底思った。
ついでに、今と同じような光景を一月前も見たっけなぁ…とも思いながら。

似たもの同士…

「…何か言ったか?」
ボソッと呟いた率直な感想。その言葉に反応して不機嫌絶頂な声が返ってきたが、とりあえずなんでもねー、と誤魔化しておくことにした。
「別に。んじゃー俺様出かけるから」
「勝手にしろ。つか何でテメーは今日もここにいやがる!とっとと出て行け!!」
へいへい、言われなくても。再び顔面に蹴りを食らうのはゴメンだしな、と黒神はもう一人の彼の家の玄関から外に出た。




まったくなにやってんだかねぇ…どいつもこいつも。
黒神は心の底からそう思った。
本当は両思いのクセに、当の本人達はどっちも片思いだと思い込んでるっつーのが面倒なんだよな。
別にどっちも行動力がないわけじゃない。性格だって二人ともポジティブな方だろう。ただ一つ、…恋愛事に関して『以外』は。
黒神はやれやれ、と小さく溜息を吐く。

まぁ、いっか。

この俺様が一言助言してやればいいのだろうけど、
アホみたいに空回ってる二人を見てるのは個人的には面白いしな。もう少し様子を見るか。

黒神は胸ポケットから緑色の小さな包みを取り出し、その存在を確認してから再びしまった。
そして、 一ヶ月前にあいつと同じようなことで後悔して叫んでいた彼女が今頃どうしてるか…
様子を見に行くついでに自分のホワイトデーのお返しをくれてやってもいいかねぇ、と黒神は彼女の元へと向かった。





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遅くなりましたがバレンタイン小説の続きでホワイトデーもの。
本文内ではカットしてしまったのでフォローしておきますと、
MZDはちゃんとジュディが送ったチョコの存在には気がつきました。
そんでちゃんと一番最初に一人で食べました。
ホワイトデーのお返しも本気で悩んで、こっそりアクセショップ数件回ったりして一所懸命決めたものだったり。
もひとつついでに言うと、横断歩道の所で会ったのは偶然ではありません(笑)
だって、今日中に渡せなかったら意味がないしね。
ま、あんな所に忍ばせて今日中に気付いてもらえなかったら意味なかったんですが、
ちゃんとジュディも気付いたのでめでたしめでたし。

(20050316)




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photo by *muguet lumiere* +++thanks!!