2...近づく
その日も晴れだった。澄んだ空の青の中、白い雲が気持ちよさそうに漂っている。
日差しが穏やかに降り注ぎ、涼しい秋風が世界を撫ぜる。 その中で、彼…MZDは散歩をしていた。
散歩といっても、眼下には数多の建物と無数の人々。
空と地上の間で、彼は誰にも邪魔されない自分だけの散歩道を満喫していた。
あちこちに建つビルのてっぺんを飛び回り、空を見上げ、地を見下ろしながら、
常に変化する世界の様相をじっとその目に焼き付ける。
多忙な中の息抜きと称した散歩ではあったが、それもまたある意味彼の人の仕事であった。
それは何気なく彼が飛び回って、あるビルの屋上の転落防止用フェンスの上に静かに足を着けたときのことだった。
いつもは誰もいないその屋上の隅に座り込む人影。
上から見下ろす限りでは表情はうかがえないけれど、
それが酷く目を惹いたのは、太陽の光と同じ色をした綺麗な髪の色のせいだった。
そして、それには見覚えがあった。
ジュディだよな…ありゃ…
MZDは細いフェンスの上に両足をつけ、バランスを崩す様子もなく平然とそこにしゃがみこんで下を見た。
自分が見知ってる彼女らしからぬその姿。
いつも笑顔で、元気で、何があっても落ち込まずに前向き。
そうやって好きなダンスで周囲を明るくする…それが自分の知ってるジュディだった。
けれど、今そこにいる彼女はそれと対照的で。
膝を抱えて、泣いているのか時折肩を震わせていた。
明らかに何かあって落ち込んでいる彼女。 誰かが落ち込んでる、そんなこと光景としてはさして珍しくない。
ふと あちこち見わたせば、落ち込んで俯いている奴なんて五万といるわけで。
そんなことにいちいち関わっていたら身が持ちやしない。
だが今回は別だった。
目の前にいたのが自分のよく見知った人物であったことと、
そしてその人物がこれまで落ち込んでいるといったような姿を見たことがなかったためだろう。
普段はそのまま声をかけることなくその場を去るのだが、
気が付いたらフェンスの端を蹴って、ゆっくりとその人の近くに降りていた。
すとっ… 自分のすぐ傍で小さい靴音が耳に入る。
突然現れた人の気配に驚いて彼女は顔を上げた。
歪んでいた目の前の世界が涙が零れるのと同時に晴れていくと、
すぐ目の前にしゃがみこんで自分の顔を覗き込む人の姿がその瞳に映る。
「よ。」
目の前のその人は、軽く片手を挙げた。
それは自分がよく知った人。
けど、それが誰だかをきちんと頭が理解するまで少し時間がかかった。
「え…」
「……えええっ…」
思わず声を上げ後退る。
「かっ…カミ…っ」
「よー。久しぶりってか?」
大人でもなく子供でもない容姿をしたそのヒト。
一見して普通なようで、全く普通でないヒト。
何でそのヒトがここにいるのか皆目見当が付かずにジュディの頭は混乱した。
普段は滅多に出会うこともなく、それ以前に彼が主催するあるパーティの中ですらあまり姿を見ることもない。
そんな彼は、人々からは『神』と崇められる存在。
それが、どうしてここに?
あっけにとられながらそんなことを考えてると、
ジュディは自分がさっきまで泣いていたことを思い出した。
泣き腫らした瞼、頬に涙の筋の跡がまだ残っている。
それに気付いてか、ジュディは恥ずかしくなって顔を赤らめ、視線を彼から逸らして俯いた。
けどそのヒトは何も言わず、ただ視線をこっちに向けている。
だがそれは決して嫌な眼差しではなくて…
ジュディは一度ぎゅっと目を閉じ、それから両目を手で擦って涙を拭うと顔を上げた。
そこには普段と同じような笑顔。
「久しぶりだネっ!神」 そう言うとジュディはぴょんと飛び跳ねるように反動をつけて立ち上がる。
ちらと上を見ると空には青空と白い雲。
ゆっくり深呼吸をし、視線を再び彼の方向に向けた。
「イキナリ目の前にいるカラ、ビックリしたよ」
泣いている所を見られてちょっと恥ずかしかったのか、照れたような笑顔を見せる彼女。
サングラス越しに目が合うと、ちょっと困ったような表情もそこに見えた。
「俺もビックリした。散歩してたら知った奴がいてさ」
「え。散歩?」
一体どこをどうやって散歩してたらこんなところに?
とジュディが疑問に思ったのを察知してか、MZDは空を指差した。
ああ、そういえばそうだよね…とジュディはそれで納得する。
このヒトにはいわゆる世間の常識が通用しない。
だからそれだけでこんなビルの屋上に散歩の途中でどうやって現れたかなんていうのを改めて問う必要もなかった。
「デモ…いつからイタ…の…?」
もしかしてずっと見てたのかな…とジュディは恐る恐るMZDに尋ねた。
「ん?いや今来たばっかりなんだけどな。…そのまま通り過ぎようかと思ったけど…気になって」
MZDは苦笑交じりに答える。
「えっ…あ…コレは…ソノ…。うう、変なトコロ見られちゃったナァ…」
困ったように眉根を寄せて頭を掻きながらジュディは俯いた。
泣いてる所を見られるのは本当に恥ずかしかった。
ここなら誰にも見られないと思っていたのに、それがよりにもよってこのヒトに見つかるとは…。
「あ、あのネ?…なんでも…ナイからネ?」
慌ててそうは言うものの、なんでもないというのはあからさまな強がりだった。
泣いていた理由を思い出せばまだ涙が出てくる。正直、あれだけ泣いてもまだ泣き足りないくらいだった。
でも、人前で泣くというのはどうも苦手で…そのせいでどんなに落ち込んでるときでも、
人がいたらとにかくそれが空元気だろうともついついそういう風に振舞ってしまう癖が付いていた。
そんなジュディを見てて、ああそうだ、こいつってこーゆー奴なんだよなぁ…とMZDは内心思う。
だからこそ自分も、ジュディが落ち込んでるところはもとより泣いている所なんて見たことがなかった。
いつも明るくて元気で笑顔を振舞う彼女。
でもその裏では…辛いことがあれば泣くのは当たり前で。
これまでもそういう時は他人に見えないところで一人泣いていたのだろう。
MZDはそれを邪魔してしまったかと少し罪悪感を感じた。
一人で泣きたいと、いや…一人でいるときしか泣けないという気持ちは、
理由は違えどよくわかっていたから。
「あ…エト…だからネ…これはその…」
ジュディは何とか誤魔化せないかと言い訳を探してMZD目の前であたふたする。
さっきから何も言わないMZDに対してどうしていいものかと考えるのだが、考えれば考えるほど混乱してしまうばかりで。
「ジュディ…あ 『くしゅっ!』
MZDが言いかけた言葉を遮って小さなくしゃみが聞こえた。
冷たい秋の風は瞬時に上から射す太陽の光の温もりを奪っていき、外気に直接触れた肌が冷える。
こんな時にノースリーブのシャツ一枚しか上に着ていなければ、くしゃみが出るのは当たり前のようなものだ。
しかしなんで今日はこんなに間が悪いことばかりなのだろう…とジュディは思った。
そして「ゴメン」と一言申し訳なさそうに呟き鼻を啜る。
けど、そんな風に思ってる彼女を余所に、さっきから表情をコロコロ変える彼女が微笑ましくてつい表情が綻んでしまうMZD。
ジュディはそんな目の前で微笑むMZDを見て少し驚いた。
そもそもMZDはあまり他人の前ではそうした表情を見せることがないのだから無理もない。
ーああ、このヒトってこんな表情もするんだ…。ふとそんなことを思いながらぼーっとするジュディ。
その肩に突然、ふわりと何かがかかる。
冷えた肩を優しく包む温もり。ふと見るとそこには赤いマフラー。
「そんなカッコしてりゃ寒いに決まってるだろ…」
そう言ってMZDは自分のマフラーをジュディの肩にかけたのだ。
「あ、アリガ…」そうお礼を言おうとしたとたん、ジュディの両目から涙が零れた。
その赤いマフラーが暖かく心地よくて、気を張りながら抑えていたはずの涙が溢れだしたのだ。
「ち、チガウ…の…コレは…」
自分がまた泣き出すのを見て戸惑いを見せるMZDに対して、必死に弁解しようとするジュディ。
違う、迷惑だったわけじゃないの…むしろ嬉しくて…
そのせいで、一所懸命我慢してたものが零れてしまっただけで…
そう言葉で説明しようとしたけど、なぜか上手く喋ることができない。
ただただ涙が溢れて、流れて、地面に落ちるばかり。
きっと神困ってる…だから…何か言わないと…
…ううん、それよりも、さっきから泣いてばかりの自分を見てきっと呆れているに違いない。
「ゴメ…」小さく、辛うじてそれだけ口にするも、喉の奥から漏れてくる嗚咽が言葉を邪魔する。
目の前で彼女が泣く理由は流石に神とはいえ自分にもわからなかった。
けどずっと何かを抱えたまま、それを解くことができずに泣いているのだろうというのだけはわかる。
泣くことでそれを解消しようとしても、そういうのは必ずしもそれだけでどうにかなるわけではないこともよく知っている。
今自分がしてやれることといっても高が知れてる…が、
MZDは無意識のうちにさっきかけてやったマフラーごと彼女を自分のほうに引き寄せていた。
「何か…言葉にしたほうが楽になると思ったら言え。言えないなら無理に言う必要はねぇけど、聞くだけでよけりゃ俺が聞いてやるから」
「で、デモ…」
突然のことに驚いて戸惑うジュディ。
「…しばらくこーしててやっから、とりあえず気が晴れるまで思いっきり泣いとけ。言いたくなったら言えばいい」
優しい言葉と抱き寄せられて触れた肩を通して伝わる体温に少し体が軽くなる。
涙は相変わらず止まらなくて、ちゃんと言葉で返せなかったが、ジュディは小さく一つ頷いた。
直接見ずとも肩越しにそれを感じて、MZDは軽くジュディの頭を撫でる。
肩に顔を埋めて小さく肩を震わせる。
ただそうしているだけなのに、さっきと違ってみるみるうちに辛かった物事の一つ一つが融けていくように感じて。
ぽつぽつ、次第にジュディはこれまであったことを口にしはじめた。
一つ一つ、ゆっくりと。
彼女が言葉を一所懸命紡ぎ出しているその間、MZDは何も言わなかった。
ただ、肩越しに時折頷いてくれていることがわかって、話を聞いてくれていることが伝わる。
それが何よりもありがたくて。だから安心して何が辛くて、何が嫌だと感じたか、口にしていくことでゆっくりと考えていくことができた。
本当は泣いてばかりいても意味はないのはわかってる。
それが頭でわかっていても、自分の心に納得させるのはとても難しい。
でも、ただそこに自分の言葉を聞いてくれる人がいるだけで、こんなにも気持ちが楽になる。
一人で泣いてるだけじゃ納得できなかったことも、それで自然と受け入れられるようになるということを今初めて知った。
一頻り泣いて、これまで溜まっていた気持ちを口にして、それを何一つ文句言わず受け留めてもらえたことで、
いつの間にか胸がすっきりしていた。
ジュディは少し名残惜しそうにして、もう一呼吸置く間に彼の温もりを自分の中に刻むと、顔を上げた。
すぐ間近に彼の顔が見えた。 ジュディの顔は泣きはらして瞼は赤く腫れていたけど、さっきと違ってその表情は大分晴れやかだった。
「もう…いいのか」
「ウン」
一つ大きく深呼吸をする。目に入ったすっきりと晴れ渡る秋の空が綺麗で眩しかった。
「もうダイジョウブ…だよ」
そこにはいつもと同じ笑顔の彼女がいた。
「ん。ならよかった」
MZDもいつもと同じように笑い返し、ジュディの頭を軽くポンポン叩く。
「なんか…クダラナイことで泣いてゴメンネ」
「別にくだらないもくだらなくないもないだろ」 MZDはあっさりと言い、続ける。
「…泣きたくなるような思いを抱えるってことは、 中身がどんなものであれそいつにとってそれなりに大事なことなんじゃねぇのかな…って思うぜ。
抱えたまんまでいると辛いけど、それ消化して、自分の中で何か答えが出りゃそれでいいし。それを繰り返して人ってのは成長するんだろ。
…ってこんな風に言うとなんかつまんねー説教じみたもんになるなぁ…」
説教なんて俺には似合わねぇんだけど、とMZDは思う。
でもその重みのある言葉をジュディはしっかりと噛み締める。
「そうだね…そうやって成長してくんダヨネ」
うん、と一つ頷く。
「エヘヘ、ちょっと恥ずかしかったケド、神に聞いてもらえて…ホントによかったヨ」
もし、神が偶然通りかかってくれなかったら、きっと暫くあの鬱々とした気持ちを引き摺ったままだったろう。
気持ちを切り替えなきゃと思いながら今以上に空回って、きっと色々な人に迷惑かけたに違いない。
それを考えると、こうして神が傍にいてくれて、文句言わずに付き合ってくれたことには感謝しても仕切れなくて。
それに…きっと…今傍にいてくれたのが他の誰でもなく神だったから、自分も素直に色々言えたのかもしれなくて。
「ま、これからも何かあったら聞いてやるから」
「ウン、神も」
「俺?」
思いもしなかった言葉が返ってきてMZDは反射的に聞き返す。
「私にできるコトって…あんまりナイかも知れないケド、でも話を聞くダケならできると思うし
ヤッパリ 一人で悩みとか辛いこと抱えるコトって、すっごく辛いコトだから…
だから神も何かあって落ち込んだりしそうな時は、遠慮なく言って。ネ?」
にっこり笑ってジュディは言った。
お、つーか神様に向かって大きく出たな、とMZDはちょっと思ったが、
同時にそんな言葉を自分に対して言ってくれた人は初めてかもしれないと思うと、
突然くすぐったいような感じに襲われ、頬を指で掻いて誤魔化した。
けど、素直に彼女のその気持ちが嬉しかった。
「ま、何はともあれお前が元気になってよかった」
笑顔には笑顔で。普段と違う彼女に最初近づくか迷ったけれど、今はこうしてよかったと思う。
「ありがとう、神…ホントに」
普段見知る機会のなかった彼のその優しさ。
今日はそれに本当に 救われたよと、ジュディは今の気持ちを言葉に込める。
また一陣の風が吹く。
秋の風は冷たいけれど、優しくて。
お互いの知らなかった一面を知って、お互いの優しさに心を暖めて、
ほんの少しだけ距離が近づく。
そんな秋の日の午後。
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近づくというお題。
元はお題用じゃなかったけど、でも私の神ジュはここから始まったという意味で持ってきてみました。
そしてうちの神ジュ話本編でも割と重要な位置だったりするようなしないような(どっちや)
この話は以前某友人に 無理やり描かされ 捧げたえらく中途半端な漫画2ページがベースになってます。
それもまだ神ジュはまりたての頃のだから、今こうして小説にするとギリギリ名残程度は残ってるか?というくらい変わってますけどね…
とりあえず屋上とマフラーと最後の「ありがとう」は外せないマイポイント(意味不明)
ここでは神はまだ特にジュディのことを特別な人として殆ど意識してません。ジュディは…。
どーで もいいけどこれ書いてるとき本気でムズ痒くてしょうがなかったデス…。
あと表現力も限界ぽ…OTL
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