17...帽子






う 〜ん、何か足りないナァ…

ジュディは鏡の前に立って首を捻っていた。
鏡の前で器用にくるっと回ってみれば、首に下げた金色のペンダントがチャラチャラと音をたてて揺れる。
いつもは動く時に邪魔だからという理由で、ピアス以外のアクセサリーを身につけることがあまりなかったのだが、
今日はなんだかペンダントくらい身につけていないと物足りない気がした。
少しシンプルに決めすぎたかのなぁ。ジュディは鏡越しに自分の服を見て思う。
お馴染みの丈の短いヘソ出しシャツは、白無地&肩紐が片側だけという非常にシンプルなタイプ。
キャメルカラーのパンツには臙脂色のベルトでさりげないアクセントをつけて決めてみて、
リストバンドとピアス、ペンダントも付けてアクセサリーまわりも特に外してないはず。
けれど やはり色合いの問題なのか、少し落ち着きすぎてしまっているようにも見える。
普段のステージ衣装がコントラストの効いた派手めなものになることが多いので、尚更そう思うのかもしれないけれど。

ただ、だからといって今から衣装全部を取り替えている暇もない。
そろそろ家を出ないと、肝心のパーティに間に合わなくなってしまう。
そわそわしながら鏡の前でしばし考え込む…が、時計の針のカチリという音が耳に入ってジュディは我に返った。
「あー…あ!もう出なきゃ!ホントにチコクしちゃうっ!」
よく考えたら部屋の時計は5分遅れていたんだった。
ジュディは仕方ないとあきらめ、慌ててバッグを抱えて家を飛び出した。










***



今回の会場にでかでかとそびえ立っているのは、ストライプ地の巨大なテント。
それはまるでサーカス一座がやってきたかのようだ。しかしここで行われるのはサーカスでなくて13回目になるポップンパーティ。
前回のテーマだった和の様相から一転してカーニバル仕様に生まれ変わっての開催である。
しかもわざわざ本物のカーニバル用テントを用意し、周辺一帯をお祭り仕様にする程の気合の入りっぷりは見事としか言いようがない。
しかしこれだけの大きなテントを張るためには、それなりに広い場所が必要だということもあり、
今回の開催場所は普段とはちょっと違って都会からやや外れた場所になった。
とはいえ、どんなに人の多い所から離れた僻地での開催であろうと、
人が集まらないということは決してありえないのがポップンパーティ。
ただ…遠いことに対して文句を呟く人はきっと少なくはないだろう。
勿論そんな文句を主催者に向けて言った所で、右から左へと聞き流されるだけだろうが。




そんなまだ人が増える前の会場では、パーティーの主催者であるMZDが、完成した会場を空の上から満足そうに眺めていた。
まだおなじみ進行役のミミもニャミも来ていない。パーティ開始時刻までまだかなり時間がある。
準備が一通り済んでから盛大な祭りが始まる前のこの時間。
その独特の静けさに包まれた空気を満喫するように、MZDは会場をゆっくり一周した。
「今回はいつもと場所がちと違うけど、みんな迷ったりしねぇで来れるよなぁ?」
後ろに付き添う影に向かってMZDは笑みを浮かべながら語りかける。
皆さんきっと大丈夫ですよ、と影も主と同じような笑みを浮かべ、声なき声で返す。
「遅刻する奴がいなきゃいーんだけどな…」
まぁ、学校とか会社とかそんなのと違って、遅刻したって別に問題があるわけじゃねーけど。
とにかく一番盛り上がる所で全員揃ってりゃ上等ってな。
今回のパーティは一体どうなるかねぇー…とMZDが頭の中で想像をめぐらせていると、後ろの影がトントンと肩を叩いた。
ん?MZDは振り返って、影が指をさす方に目をやる。
遠くからこっちに来る人影が目に入った。ミミとニャミか?
あいつら、いっつも「雑用ばかりやらすなー!」とか、「人をこきつかって自分ばっか楽してー!!」とか散々文句言ってやがるけど、
なんだかんだ言ってしっかりやってくれるし、こんなに早くから来るなんてやる気満々だよなー。
ニヤリと笑って、MZDは「感心感心」と心の中で二人を褒めてやる。
あくまで心の中で褒めてやるだけで、そういうのは本人に向かって直接口にしないのだが。
さて。いつもはパーティ参加者を迎える側の二人をたまには出迎えてやるとするかー、と MZDは会場の入り口のゲートの方に歩いていった。










***


ジュディは息を切らしながら、目の前の巨大なテントを見上げていた。
駅で電車を降りてから、すぐにその会場っぽいテントを見つけることができた。
最初は時計を見ながら歩きで大丈夫かと思っていたのだが、なかなか目的地に近づかなくて、最終的には走らざるを得なかった。
そのため着いた時には少し息が上がっていた。
別に走るのが嫌いってことではないからいいとして…
まだ暑さが残っている気候の中、眩しい日差しに照らされながら走るのは流石にちょっと疲れるというもの。
パーティ本番はこれからだと言うのに、こんなトコで汗かいてもナァ…とジュディはハンカチで汗を拭い、目の前のゲートをくぐった。



あれ…誰もいない?


会場と思われるテントの入り口の前に立って、ふと辺りを見回すジュディ。
みんな既に到着していて、パーティはもうとっくに始まってしまっているのだろうか。
それにしてはなんだか静かな気がするケド…



「ん、ありゃー…?なんだジュディか」

「カミ!」
ジュディはほっとしたような声で近寄ってきた人物の名を呼んだ。
MZDはそれに片手を挙げて応える。
「おー、なんだすげー早いじゃん」
「エ?」
「まだミミもニャミも誰も来てねーぜ?一番乗りだなー」
「…イチバン?…だって…」
ジュディは時計を見る。だって時間をもう30分も過ぎてるのに…
「おう。つーか息まで切らして…そんなに急いでどうしたんだ?」
「……ねぇ…」
「ん?」
「…パーティ始まるの…何時カラ…だっけ?」
「あ?メインは18時から。最終打ち合わせとかあるし、まー準備手伝う奴らとか今回新曲持ってくる奴は打ち合わせもあるから17時くらいに来いとは言ったが」
「…17時…ジュウシチジ……ねぇ、今…ナンジ…?」
「んー、11時半だな」



お、オカシイと思ったらー!!!!


ジュディはものすごい勢いでその場に手と膝をついた。

…うん、今回はなんだかやたらと集合時間が早いと思っ た ん ダ …。
前回は設営とか進行を手伝うことになってたから、早く集まることに別に違和感はなかったしついついその感覚でいたけど…
それにしても「11時」は早いよナァと思いつつ…でもそういうのもアリかなとも思って…

うん、改めて手にした招待状を見れば確かにMZDが言った通りの時間が書いてある。
多分パーティのことを人と話しているときに微妙に時間を聞き間違えて、それがずっと頭の中に入ってしまっていたんだろう…

あーもう、何のために慌てて出てきたのか…




「…もしかして…時間…勘違いしてたとか?」
図星を突かれてジュディは伏せたまま言葉に詰まる。
「う……ソノ…11時…だと思ってて…」
おずおずと答えるジュディ。
その言葉を聞いて思わずMZDは吹いてしまった。
「わ、ワラワナイデよ!!!」
顔を真っ赤にしたジュディは、自分から目線を逸らして必死に笑いをこらえているMZDに向かって叫んだ。
あー、恥ずかしい。ホントに恥ずかしい。
何で自分はこんなにドジなんだろう…。
「あーいやいや悪い悪い…でもいくらなんでもオカシイって気付けよー」
「うーっ」
なんていうか反論する余地もなく言葉が出ない…。



「あーおもしれぇ。」とMZDは小さく呟くと、恥ずかしそうにし俯いている彼女の頭を優しく撫でてやった。
「まー、それだけ張り切って来てくれたっつーのは主催者冥利に尽きるってもんだけどな」
「ミョーリ…ってナニヨ?」
ちょっぴりふてぶてしくしつつ、顔を少し上げるジュディ。
「簡単に言やぁ、『嬉しい』ってことだよ」
ニカッと笑ってMZDは言った。


まぁ、気を取り直して。
まだまだ時間もあるし、とりあえず中で茶でも飲むかーと、MZDはジュディを連れて控え用のテントに入った。
ジュディを近くの椅子に座らせると、MZDはヤカンに水を入れてお湯を沸かし始める。

へー、テントの中ってこんな風になってるんだ〜とあたりを見回すジュディ。
人がいないのに散らかっている控え室。勿論これも雰囲気を出すための演出の一つ。
「相変わらずヘンなところまでコダワルね、神って」
ジュディは椅子の傍に積まれたたくさんの小物の山からジャクリング用のボールを見つけ、
3つばかり手にとると器用に空中でまわしてみせた。
「んー?演出はヒトが気付かねーくらいのところまで手をかけてこそ活きるもんだぜ」
さりげなく何気ない所に小さな仕掛けを作るのが面白いのだ。
それがどんなに他愛のないものだとしても、決して意味を成さないなんてことはない。
そこにあるだけで全てが存在する意味を持つのだから。


ヤカンが甲高い音を立て、湯が沸いたことを知らせる。
MZDは火を止めながら、何かを思い出したように後ろを振り向く。
「あ…そーいやお前頭大丈夫か?」
ぶっ。彼のセリフに反応してか宙を舞っていたボールの軌道が逸れ、その一つがジュディの頭の上に落ちる。
「なっ…!まだバカにしてるのー!?」
あー折角時間を間違えてきたこと忘れてたのにー!
ここでその話に戻すなんて信じられない!とジュディは怒って手に持っていたカラーボールをMZDに投げつける。
MZDは慌てて自分のほうに向かって飛んできたボールを片手で受け止める。
「ばっか!ちげぇよ。頭熱くねぇのかって思ったんだよ」
「へ?」

さっき彼女の頭を撫でた時、太陽の熱で髪が熱くなっていた。
まだ残暑が厳しく、太陽の光が刺すように照り付ける時期である。
帽子も被らずにいたら日射病になる可能性だってある。さっき彼女の頭に触れてそれが少し心配になったのだった。

MZDにそう言われて、ジュディは両手で自分の頭を触ってみた。
まだ少し熱が残っていたけれど、今はそれほど熱くはない。
「ん、ダイジョウブだよ。これくらいヘーキ」
なんだ、心配してくれたんだ…ジュディはちょっとほっとして言った。
「んー、でもなぁ…とりあえず日が沈まねーうちに外出るときは帽子くらい被っとけよ。どーせ時間まであっちこちうろつくんだろう?」
「デモ、今日帽子持ってきてナイよ」
そういえば帽子っていうのは最近のファッションの選択肢に入ってなかった気がする。

「んじゃ…ほれ」
ぽふっ。
軽い音を立ててジュディの頭に何かがかぶさる。
それは…紺色のバケットタイプの帽子。つい今までMZDが被っていたものである。
「とりあえずそれでもかぶってろよ。ないより少しはマシだろ」
「…イイの?」
おう。とMZDはお茶の入ったマグカップをジュディに渡しながら言った。
ジュディは空いた片手で帽子の鍔を掴み、上目遣いにその帽子を見る。
そしてMZDが座った場所の少し後ろにある姿身に映った自分の姿を見た。

「ん、帽子かぶんの嫌だったら別に無理にってわけじゃねぇし…」
ボーっと視線を他所に移したままのジュディを見て、MZDは言った。
「あ、ううんチガウチガウ。なんかネ、パズルのピースが揃った気がしたの」
「は?パズル?」
MZDは何のことかと首を傾げる。
それに構うことなく、ジュディはちょっと満足そうに笑ってお茶を口にした。


「ねぇ、帽子…昼間ダケじゃなくてパーティ始まってからも…借りてていい?」
だめかな…と思いつつジュディは訊いてみた。
「ん、別に構わねぇよ?」
「え、あ…デモ…これナイと神が…」
あっさりいいと言ってくれたことに却ってジュディは驚いた。
そんな彼女を見るや、MZDは空になったカップを横に置いて両手を正面に差し出す。
「今回俺にはコレがあるし?」
ジュディの目の前で両手をくるっとひらめかせると、瞬間そこには黒い羽根付きのシルクハットが。
MZDはそれを人差し指でくるくると回してみせ、ひょいっと宙に放り投げる。
するとそのシルクハットは綺麗な軌道を描いて彼の頭の上にかぶさった。
青と白のボーダーのシャツにシルクハットという組み合わせは、ファッションとしては異様に思えるが、
何故かそれが様になるのがMZDの凄い所だ。
「てか、その帽子気に入ったんならやるよ?男物でも気にしねぇんならな」
「ホント!?…嬉しい!神アリガトっ」
ジュディは心底嬉しそうにお礼を言うと、立ち上がって姿見の近くに寄り、もう一度自分の全身を見てみた。

…うん、カンペキ♪

出かける前は物足りないと思ってたこの格好も、帽子一つで全然違って見えた。

姿見の前で器用にくるっと回るジュディ。
MZDにはその様子がなんだかさっきと違って生き生きしているように見えた。
…そんなに帽子が欲しかったのだろうか?
MZDはそんな彼女を不思議に思いつつも、ちょっとだけ頬を赤くして二杯目の茶を啜った。



今日のパーティも、盛り上がるといいな。

まだ日も傾く前。パーティが始まるまであと数時間。
楽しみに心躍らせながら、その時間を過ごす二人。

「…それはそうと、今回の新曲はバッチリなんだろうな?」
「モチロンだよっ!気合いイッパイ入ってるんだカラ楽しみにしててよネ♪」





後は役者が揃うのを待つばかり。






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13ジュディ=帽子。帽子=神!とかいう符号がロケテ段階で一瞬にして成り立った自分の頭は相当御目出度いです(笑)
ホントは13稼動前日若しくは当日に出したかったものの、またも時期を逃しつつの敗北っぷり…OTL
でもずっとかきたかったものがようやく出せて満足なのでした 。
とりあえずシルクハットはシークレットカテゴリのアレってことで。
カーニバル楽しいなぁ!(笑)


(20050926)

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